みなさん、こんばんは。不二由美子です。
ついこの前に8月に入ったと挨拶をしたと思っていましたが、もうお盆も終わってしまいましたね。
学生のみなさんにとっても夏休みもそろそろお終いの時期…
宿題のラストスパートをかけている人も多いのではないのかしら。
ふふっ、思えば私の家族にもそんな人がいたような気がします。
そんな夏の終わり…みなさんは素敵な思い出が残せましたか?
もしよろしかったら是非手紙に書いてこちらまで送ってみて下さいね。
そんな中、若いリスナーからこんなお葉書を頂きました。
中学二年生の『恋に恋する女の子』さんから。
『こんにちは、由美子先生。毎週楽しみに聞いています。
こうしてお手紙を書くのは初めてですが、もしよかったら私の悩みを聞いてください。
最近私の友達にも彼氏のいる子が増えてきました。
なのに私の方は全然…少しつまらない気もしています。
でも彼氏のいる子は口々にこんなことを言うんです。
『まるで体にビビビーッと電気が走ったみたいになる』って…でもそれって本当なのかな。
由美子先生 運命の出会いって本当にあると思いますか?
その時体に電流が走るような衝撃を受けるって 本当なんでしょうか』
ふふっ…きっと『恋に恋する女の子』さんにとっての運命とは素敵な恋の事なんでしょうね。
でも私は『運命の出会い』って恋愛だけに限らないと思うの。
例えば家族や友達、尊敬する先生や恩人たち。
出会いというものは奇妙なもので
ほんのわずかな出来事の為に それを見逃してしまうことも多いのです。
沢山の人たちとの出会いを導くためには、あなた自身が素敵な女の子になれるよう
自分自身を磨いてゆくことも大切だと思います。
そしてその中の出会いから特別な…
出会った瞬間に体がブルブルッと震えるような巡り会いにたどり着けるように
私も色々とお手伝いが出来たらよいと思っています。
それでは今日の一曲目をお届けしましょうね…
午前七時を僅かに過ぎた頃、真新しい太陽の光を浴びながら、その人は自室を出て階下のキッチンへとやってきた。
「おはよー。母さん、熱ーいコーヒー飲みたいな」
この家の女主人に対して少しだけ甘えたような声を出しながら、大きく天井に向かって伸びた。
「それはかまわないけれど…また徹夜でもしたの?」
年頃の娘とは大きく異なるその仕事ぶりに心配しつつも内心呆れているのだろう。本の執筆に雑誌のエッセイの連載、時にはテレビに出演もする。昨夜も地元のFM局のDJとしての仕事をこなしている。
「売れっ子占い師といえば聞こえはいいかもしれないけれど…自分で自分の首を締めるような真似をしていないでしょうね」
「大丈夫だって。全部好きでやっていることでもあるしね…嫌だったらとっくの昔にドロップアウトしているわよ。私の性分を考えればね」
熱いコーヒーの入ったカップを持ってそのままダイニングへと向かう。そこには珍しい人間がもくもくと朝食をとっている姿があった。
「へえ…あんたとこの時間に顔を合わせるなんてね。いつもなら早々にテニス部の朝練に行っているくせに。しかも夏休みなのに制服着ているの?」
「今日は登校日だからね」
ああ、なるほどね…と思いながら由美子は弟である周助の前に座る。テニスに関しては一切の隙を見せない『天才』と称されているらしいが、こんなところを見ると間違いなく中学生なのだと感じる。
「昨日、ラジオ聞かせてもらったよ」
「あら、珍しい…」
彼は占いに関心がないわけではなさそうだが、それでも姉の仕事ぶりにあまり口を出すことはなかった。おそらくDJを聞くのも初めてだったのではないのだろうか。
「全国の中学二年生が夢を見過ぎないといいと思うけれどね」
「あら、でも別に嘘をついてはいないわ。人と人の出会いなんて色々な形があって当然じゃないの」
「姉さんはその気になった時の女子中学生のパワーを知らないんだよ」
言葉の奥に深刻な表情を見せる弟に向かって由美子はケラケラと笑った。
「M・M・Kな人は大変よね」
「…は?」
「もててもてて困っちゃうの略」
「何それ」
由美子との会話を早々に切り上げて周助は鞄とラケットを手に立ち上がる。
「そろそろボクは行くよ。どうぞごゆっくり」
「待ちなさい、周助」
その呼び止める声は何か含んだものがあるように聞こえた。
「…何?」
「ここ数日の間に新しい出会いの暗示があるわよ。もしそういう人と出会えたら優しくしてあげなさいね」
周助もそうだが、由美子自身も家族に対して仕事を持ち込むことはあまりない。こういったアドバイスをくれることは実はとても珍しい事なのだ。
「新しい出会いの暗示…ね」
「あら、なにかご不満でも?」
「いや…せめてこれから出会う筈の全国での対戦相手は全員まともな性格であってほしいなって思うよ」
「あんたねー、そういうのは自分の性格振り返ってから言うものよ」
自分は決して『天才』と呼ばれることに慣れているわけでもないし、それに溺れているわけでもない。しかし物事にあまり動じない様子を見せると他人はどうしてもそう呼んでしまう部分があるらしいのだ。この日降って湧いたかのような大きな出来事に対する周助の反応は…やはりいつもと変わらなかった。
「関東の合同学園祭? どうして全国を控えたこの時期に?」
「なーんか氷帝の方から話がきたらしいよーん。詳しい打ち合わせは明日するみたいだけどねっ」
「…ふーん」
氷帝学園といえば必ず思い浮かぶのはテニス部で部長を務めるあの男であり、彼が絡むのであれば相当大がかりな内容だと思って間違いない。しかしありのままに受け入れてしまったのなら、それに関して何か思いを巡らすことは出来なかった。そんな淡泊な反応に、今回のことを教えてくれた張本人であるクラスメートの某氏はぷーっと頬を膨らませる。
「んもーっ、相変わらずだな不二はっ」
「だって今から考えたって何が出来るかなんてわからないしね。どっちにしろテニス部が関わるのなら手塚が仕切ってくれるだろうし」
「そうじゃなくってッ、もっと楽しいこと考えられないのかにゃー。色々な店が出るんじゃないかとかさ。綿菓子の店とかかき氷とかさー」
「甘い物をそんなに食べたいとは思わないからね」
「うっ…」
その時の菊丸英二の頭の中では、激辛の食べ物と例の汁を美味しそうに口にする周助の姿がありありと浮かんできたのだろう。口をパッと押さえたままそれ以上は何も言わなかった。
翌日に行われた打ち合わせは校内ではなく合同学園祭の会場に設置された会議室で行われるのだという。しかもその部屋は各学校別にきちんと仕切られ、情報が漏れぬよう防音壁にもこだわったという気の使いようである。その中に青春学園中等部のレギュラーメンバーが全員そろっていた。いずれも突然の話に落ち着かない様子を見せている。前もって一番に話を聞いていた部長の手塚と副部長の大石のみが冷静に周りを見守っていた…が、何故か二人とも一向に会議を進めようとはしない。
「手塚…」
「なんだ、不二」
「そろそろ始めた方がいいんじゃないのかな。みんな待ちかねているようだけれど」
それに同意するような声も聞こえたが、手塚は僅かな一言で全員を黙らせた。
「…まだ最後の一人が来ていない」
その発言の真意を巡って、会議室内はますます慌ただしくなってゆく。
(最後の一人?)
それを聞いた周助は軽い胸騒ぎを覚える。視線のど真ん中にさらされた大石はため息をついて手塚を見ていたが、状況は変わりそうにない…そう思った瞬間だった。
「すみません! 遅くなりました…」
ノックなしで出入り口の扉が大きく開け放たれる。慌てたような声は真面目そうな少女のものだ。全員が振り返ると、そこに青学の夏服を着た女子生徒が立っていた。
「えっ…」
周助はその少女を見ると同時にパッと反射的に立ち上がってしまった。長い茶色の髪と色白の肌…髪と同じ色の大きな瞳は真剣味のせいかキラキラと輝いている。それは心を一瞬で奪い去るには充分すぎるほど魅力的に思えた。彼自身が気がつかない間に足下からブルブルと震えが起こった。
(この子は…)
「遅かったな、広瀬」
「申し訳ありません、手塚先輩…委員会が長引いたもので」
広瀬と呼ばれた少女は手塚に向かって深々と頭を下げる。そしてそのまま議長席に向かって歩み始めた。周助は立ち上がったままそれを呆然と見つめている。
「…不二」
手塚に声をかけられてふと我に返った。隣に立つ彼女は自分から視線を離さない先輩を不思議そうに見ている。緊張しているせいか体をキュッと縮めているようだ。周助は自分が室内の視線を一身に受けていることに気がついて、そのまますとんと椅子に座り直した。
「あっ…なんでもないよ。続けて」
「彼女は運営委員会から派遣された男子テニス部の担当者だ。これから我々の仕事を手伝ってくれることになっている」
部長と副部長から挨拶をするようにと促されて、彼女はふんわりと淡く微笑んだ。
「二年の広瀬静と申します。どうぞよろしくお願いします」
ー由美子先生 運命の出会いって本当にあると思いますか?
その時体に電流が走るような衝撃を受けるって 本当なんでしょうかー
END
実はこの人も越前くんと同様にこうして創作が書けるとは思わなかった一人でした(笑)。元のネタになったのは公式サイトで見た予告編のムービーでして、そこに登場した由美子姉さんについての会話から。まあここでは口げんかするほど仲がよい姉弟関係ということで…こんな二人に溺愛されている末っ子もなかなか大変そうだ。
ちなみに冒頭に出てきたラジオ番組の手紙は静が書いたという設定になっています…が、話が長くなりそうだったので割愛しました。
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