学園祭の王子様

2      サンタと天使が笑う夜   (越前リョーマ)
 
 
 
 
 
 クリスマスを数日後に控えたこの日、越前家へ一本の国際電話が入った。
「こっちはイルミネーションの洪水よ。オフィスからもロックフェラーのツリーがよく見えるわ」
相手は完全に大人の範疇に入ってるが、それでも受話器の向こうから響く声は少女のように弾んでいる。しかし電話の相手の反応は実に寂しいものだった。
「ヘェヘェ」
一度はアメリカンドリームを夢見て日本を飛び出した事もあるくせに、こういった華やかな行事に関してはてんで無関心なのだ。女性たちに囲まれていた独身時代はクリスマスを理由にあらゆる武勇伝を残していたらしいが、今では自宅である寺を理由に放棄している雰囲気が濃厚だ。
 もっとも相手の女性も初めからまともな返事など期待してはいなかったのだろう。そのまま次の話題へと移ってゆく。
「リョーマの誕生日にはそっちに帰りたいと思っているの。久しぶりにみんなと一緒にお正月が過ごせそうね。お土産いっぱい買って帰るってあの子にも伝えてくれる?」
「リョーマァ?」
「何言っているんだか! 大事な一人息子のことを忘れたんじゃないでしょうね」
「…ああ、あのリョーマくんね」
 なんとなく歯切れの悪い言葉に越前倫子さんは首を傾げる。多少扱いに困りかねる部分もあるが、一人息子のリョーマは間違いなく彼にとっての自慢だからだ。
「まーな、でも折角誕生日にあわせて帰ってきても相手にされねーかもしれんよ」
「…なにかあったの」
いよいよ彼女の声が真剣になり、彼はますます状況の説明がしにくくなってくる。仕方ない…南次郎は重い口を開いた。
「出来たらしいんだな、これが」
「何が」
「だからー、可愛い彼女だよ」
「…は?」
 それは倫子にとっても相当思いがけない言葉だったに違いない。性格だけは大人びているが、まだ背も低く表情も子供なリョーマに恋人が? 思えばアメリカにいた頃からクリスマスもハロウィンもお呼ばれホームパーティーも面倒くさがるような子供だったというのに。そんなあの子でも良いと言ってくれる女の子の存在が親でも信じられないような気がした。
「うそうそうそっ、どんな子? 優しい子? 可愛い子? 綺麗な子? お料理上手な子ーッ?」
「倫子ォ…声は控えめにして、質問は絞った上で頼む」
「あっ…ごめん」
 しかし自分の知らない間に始まっていた恋愛物語にますます倫子の乙女指数はヒートアップし始めた。
「前に龍崎先生のお宅にいる可愛いお孫さんがいいんじゃないかって大人の間で話したこともあるけれど、年頃になったらちゃんと自分で彼女を見つけるものなのね。一体何があってそうなったの?」
「ほらよぉ、よくあんだろが。青学でやる運動会とか学芸会とかよぉ」
「…学園祭の事ね」
「そうとも言うな。そこで一緒に難しい仕事させられた仲なんだってよ」
「あら素敵」
 しかし南次郎にとってはそれがどれだけ素敵なのかはまったくピンとこない。まあ話を伝え聞いた程度だから、もっとラブラブなエピソードはあったかもしれないのだが。それでもそれらは息子の手によりしっかりと止められて、肝心な部分を父親が知ることはないだろう。
「それで、可愛い子なの? 会ったことある?」
「随分前にリョーマと一緒にここに勉強しにきてたっけな。顔はごく普通つーか、サラサラの髪とでっかい目の可愛い方に入るタイプだ。それからな…」
「それから?」
「奴よりいっこ年上らしい」
「金の草鞋を履いてでも探せってやつね」
 そんなことさえ倫子の方は楽しそうだ。しかし父親である南次郎の気持ちは少々複雑である。というのも初めて息子の恋人がここにやってきたときの二人の温度の高さをまざまざと見せつけられていたからだ。宿題や勉強をやっている間でも女の子に向かって優しく微笑んでいるリョーマの姿は、彼にとって見たいようであまり見たくなかった代物なのだろう。
「その子クリスマスは空いているかしらね。是非直接会ってみたいわ」
「おいおい…」
「だってこんな仕事しているといつ家に帰れるのかわからないもの。これで結納までお預けくらったらたまんないわ。ここで母親の権利主張しないでいつするのよ」
「慌てるなって。なんていうかさー、その…別にテニスが出来る子でもないんだぜ?」
それは言葉のあやであり、なんとなく口にしたセリフだったのだが、流石に自称温厚な性格の奥さんを怒らせてしまう。
「ちょっと南次郎、あんた一体何を考えているわけ? リョーマがその子のことが本当に好きで、その子もリョーマのことを大切に思ってくれているなら充分じゃないの。まさかあんたテニスの出来ない女の子はリョーマの嫁として認めないなんて、いやらしい姑根性出しているわけじゃないでしょうね」
「何を言う! リョーマよりもずっと俺の方があの子を嫁さんに…」
「こぉんのバカ者ーーーーッッッ!!!」
 
 
 
 
 
 階下から聞こえてくるもの凄い騒音に、それまでご主人様の足下で眠りかけていた愛猫もピクッと震えながら頭を上げる。
(またか…)
おそらくはソファで寝っ転がりながら電話をしていた父親が見事にそこから落下したのだろう。リョーマの脳裏にはその主犯の姿もありありと浮かんでくる。電話越しにあの越前南次郎に攻撃を加えられる人間なんて世界に一人しかいないのだ。最早リョーマにとっては慣れっこの出来事だったが、父親と同じ姿で電話をかけていた自分の会話の相手はそうではなかった。
「今もの凄い音が聞こえたような気がしたんだけれど…」
「別に。なんでもないよ」
「そうかなあ」
 リョーマが大好きな一つ年上の恋人は、決して小心者ではないのに細かなことに気を使いすぎる一面がある。そのあたりは可愛いと言い換えることも出来るのだけれど…これも惚れた弱みという奴だ。
「親父がどこかから落ちたんじゃない? いつものことだよ」
「でも本当に行かなくて大丈夫なの?」
まるでとんでもない大事故に遭遇したような口振りだ。だんだんとリョーマの心に面白くないものが広がってゆく。血液型O型は嫉妬深くて独占欲も強いのだ…以前に手塚と彼女が普通に学園祭の話をしていたときだって、いつあの部長を校舎裏に呼び出すか本気で考えてしまったくらいである。これが絶対負けたくない父親が相手だったなら…?
「ふーん、静先輩って俺と話すより親父の心配するんだ」
「えっ!?」
「もし俺がソファから落下したとしても、そんなに心配してくれる?」
「そっか、ソファから落ちたくらいなら大丈夫だよね」
「肝心なことに答えてないじゃん」
 ここまできたら天才少年の独壇場である。声だけは不機嫌の色を濃いめに、それでも表情は笑いを必死にこらえている。相手の姿が見えないのは面倒だが、自分の本心が悟られない携帯電話というアイテムはなかなか素敵なモノであるようだ。
「ねえ、もしかして怒ってる?」
静自身は怒らせるつもりは少しもないのだから、問いかけも必死な感じだ。
「まあね」
「ごめんなさい…そんなつもりじゃなかったの」
「………」
「あのね、リョーマくんっ」
「…愛してるって言ってくれたら許してもいいよ」
「はいっ!?」
まるで頭のてっぺんから出たかのような高い声だ。
「アイ・ラブ・ユーでも可」
「でもでもでもっ」
「早くしてよね。夜が明けちゃうよ」
 そんな二人の甘いのか酸っぱいのかわからない会話を聞いていたのは春眠を妨害されたこの家の飼い猫だったが、さすがに夫婦喧嘩も恋人同士の喧嘩も喰う気にはならなかったのだろう。ふわぁっと大きく欠伸をすると、ベッドから飛び降りて第二の寝室である階下のこたつを目指して部屋をゆっくりと出ていった。
 
 
 
 
 
「リョーマくんの意地悪…」
「まだまだだね」 
 
 
 
 
END
 
 
 
 
テニプリにハマった頃はまさかこの人をテーマに話を書くとは思っていなかった私(笑)。この話もまだ発売される前に『エンディング後はこんな雰囲気だといいなー』と妄想したものです。背伸びしつつも結構余裕を覚えたリョーマくんと、おまけのわりにはかえって主役カップルより目立ってしまう越前夫妻がお気に入り。
更新日時:
2005/12/28
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質問の提供は『広瀬静LOVE同盟』様でした。
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Last updated: 2010/5/12