REBORN!

7      DNA   (ヴェルデ&クローム)
 
 
 
 
 
 それは最も思いがけない人物から紹介された 更に思いがけない人物の来訪だった。偶然見つけた古い資料と睨み合いをしていた秘密結社の責任者は不機嫌そうに眉を潜める。こんな自分に客人などろくな人物ではあるまい…彼はそのことをよく知っていたのだ。
「直接ヴェルデ博士にお目にかかりたいとおっしゃるので」
秘密結社に所属する若い研究員に連れられてやってきたのは、 一人の大変内気そうな日本人の少女だった。 個性的な服・輪をかけて個性的な髪型・そして不気味な模様の眼帯…。
(なるほど この子がボンゴレ十代目が選んだ霧の守護者というわけか)
そのままのことを口にしたら『私は代理』とそっけなく言われてしまいそうだが、 それでも持ち主を選ぶとまで言われているボンゴレリングが素直に指に収まっているのだ。 彼女の存在がマフィア界で必要とされているのはあながち間違いではないのだろう。
 へそを丸出しにした服は大胆不敵に見えたものの、本人自体は人付き合いに慣れていない不器用そうな感じの少女だ。 しかしその瞳は強い意志の光を宿しており 一筋縄ではいかない性格を浮き彫りにしている。彼…ヴェルデにとって、そういうタイプの人間は決して嫌いな方ではなかった。
「急にお邪魔してごめんなさい」
そう言って彼女はペコリと頭を下げる。
「別にそれはかまわないが…ボンゴレの守護者ともあろうものが 一研究者に過ぎない私に何の用かな?」
 クローム髑髏と名乗った少女は驚いたかのように目をパチパチさせる。どうやら研究者というものは相当プライドが高いものだと思っていたらしい。まさかこんな謙った言い方をするとは想像していなかったのだろう。
「あなたのことはボスの家庭教師から聞いたの」
「リボーンが?」
黄色のおしゃぶりを持つアルコバレーノの一人だった。ボンゴレ十代目の家庭教師として、彼は今もまだ日本に留まっているらしい。しかしだからといってあの男を心の許せる友人だと思ったことは一度もないのだが。
「全てに精通したとても優秀な博士だって言ってた」
「…マッドサイエンティストも言い方を変えればそうなるのか。相変わらず色々と教えてくれる男だ」
 研究員には女の子の好きそうな飲み物を持ってくるよう命じてそのまま退室させ、彼女には目の前にある椅子を勧める。しかし飲み物が可愛い唇に触れる前に話を終わらせるつもりではいた。
「見ず知らずの相手に世間話をするつもりはないよ。用件を聞こうか…君もその方がいいんじゃないのか?」
クロームは何も言わなかったものの、その表情に若干の安堵が見て取れた。きっとここに来るまで相当緊張していたに違いない。彼女は静かにスカートのポケットの中を探し始めた。
「…これ」
そう言って差し出されたのは薄いガラスの板に守られた小さな白い羽だった。
「鳥の羽? 純白のフクロウか」
「わかるの?」
「いや、なんとなくだけれど」
 しかしこれが本物のフクロウの羽だとはヴェルデにはどうしても思えなかった。それは長く様々なことに携わってきた者のカンかもしれないが。
「…どこで手に入れた?」
声のトーンが急に低くなり、口調もまるで脅迫するかのように変わってしまう。クロームの体が恐怖でカタカタと震える。
「みっ…未来から…」
「未来? 例の十年バズーカの件か?」
「そう…」
 彼女らが十年後に起こる筈のマフィア間の闘争に巻き込まれたことは知っている(そしてその情報を嫌みったらしく流したのもあの男だ)。と言うことはこの少女は未来から物を持ち帰るという禁忌を犯したことになるのか。
「わざと持ってきたんじゃなくて! 偶然服に一枚だけ羽が付いていて…」
「事情がどうであれ、君が禁忌を犯したのは間違いなさそうだ。まあそもそも過去の人間を未来のゴタゴタに巻き込むのもアレだから、今更言っても仕方ないことかもしれないがね。それにしても…こいつもよくぞ消えずにここまでこられたものだ」
 この羽が未来からもたらされた物ならば、過去にはあってはならない存在として消え失せるのが道理だろう。なのにこれは一切そういった様子を見せることはない。
「もしかしたら『ここで』生まれたものかもしれないからって、ボスの家庭教師が」
「あいつ全部わかってやっているな…」
 ヴェルデは愛用の丸眼鏡を上に持ち上げながら、クロームを真っ直ぐに見つめる。
「それで私に何をして欲しいのかな?」
「私…詳しいことはわからないけれど、クローン技術というのがあるのでしょ? まったく同じ生き物を作り出せるという…」
「その技術で白いフクロウを再生させ、自分専用のボックス兵器を開発しろというわけか」
クロームは固い表情のまま小さく頷いた。
 さて一体どうしたものか…ヴェルデは足を組み、眼鏡を持ち上げながら考え込む。はっきりいってしまえば『不可能』ではないのだ。確かロレンツィニの残した設計図の中に白フクロウの姿があったような気がする。兵器となる動物を一から作り上げるよりも、クローンとはいえ見本があればより研究が進めやすいのは言うまでもないだろう。唯一贅沢を言わせてもらうのなら、目の前にいる少女が自分と同じ専門職だったなら未来の詳しい内容を聞けただろうとは思うのだが。
(ただそれを行ったことで生じるリスクが読めない上に、それが相当でかいと予想がつく…)
 それは研究に関してまったく迷いを見せない彼にしては珍しい感情だった。研究者としての好奇心と、それに伴う現実…二つを天秤に乗せてもただ揺れるだけでいつまでも結論が出ない。
(それにしても)
ガラスの板と少女の姿を繰り返し交互に眺める。なかなか答を出さない自分に不安を覚えたのか、隠されていない方の瞳が潤んでいるように見えた。
(よほどの思い入れがあるのだろうな、その白いフクロウとやらに)
無理もないだろう。何もわからぬまま未来に飛ばされて「さあ闘いなさい」と言われても、まともな神経の主なら受け入れられる筈がない。絶望的な環境の中、その白いフクロウとやらが彼女の心を慰めていたことは容易に想像が付く。
(ボンゴレの守護者と心を通わせてしまうボックス兵器…我々は僅か十年でそこまで辿り着いてしまうのか)
 ヴェルデは自分の胸にある天秤が大きく揺らいだのを感じた。この実験によって得られる自分の功績と名声を考えれば、多少のリスクなど屁でもないと思える。
「君の言いたいことはよくわかった。この羽はこちらで預かることにしよう」
「本当に?」
「ただ全てが自分の思い通りになるとは決して思わないように。少なくとも君がこれから歩む十年がそのまま見た通りの未来に繋がってゆくとは限らないのでね。まあこの小さな羽に関しては我々の研究に役立つだろうし、こちらも全力を尽くすことを約束しよう」
 ヴェルデは満足げにニヤリと笑うと、その小さな手をクロームに差し出した。
「ありがとう…」
クロームもまたその手を握りしめ、ここでようやく淡い微笑みを見せる。それは頑なだったつぼみが少しずつ花開いてゆく様子に似ていた。
「あとこのことは念を押しておくが、私たちがこれから復元させる白フクロウは君が知る『それ』とは似て非なる別物だ。おそらくは君に関する記憶も持っていないだろう。だからといって想像とは違うからと簡単に見捨てられても困るよ? これは単なるペットではなくて兵器なのだからね」
「わかってる…ボスやみんなにも同じことを言われたの。でも…それでも私…」
 必死の形相で語る彼女を見て、これ以上の問答は不必要だとヴェルデは思った。この少女は見た目に反して中身は酷く頑固であるらしい。しかし裏を返せばそれだけ信用できる人間であるとも言える。
「何かあったときは知らせるよ。それが良い結果だったとしても、悪い結果だったとしてもね。君のボスとその家庭教師にもそう伝えてもらえるか」
「わかったわ…どうぞよろしくお願いします」
 クロームは自分の連絡先をメモして彼に手渡すと、深々と頭を下げて部屋を出ていった。そんな二人の間に特に別れの言葉はなく、椅子に座ったままのヴェルデの手も白衣のポケットに戻っている。しかし少女の儚げな気配が消えてゆくのを感じながら、彼は自分自身に呆れずにはおれなかった。
(自分も甘くなったものだな。女の子に対してあんな優しい言葉をかけることになるとは)
そのようなことなど親しい部下にさえしたことがないというのに。このことを『虹』の名を持つ連中に聞かせたら全員が卒倒しそうだ。
「リボーンの奴…ひょっとしてそこまで見抜いて? …いや、まさかな」
独り言を振り切るように首を横に振ると、ヴェルデは座り心地のいい椅子へ更に深く身を沈めた。
 
 
 
 
 それから数時間後、ヴェルデは共に研究を進めている二人の学者を極秘に呼び出した。イノチェンティとケーニッヒ…彼の酔狂についてゆこうとする相当な変わり者の二人だ。
「なるほど。話はよくわかったが…」
先に研究室へ訪れたケーニッヒは、例の羽を手にしながら胡散臭そうに眉根を寄せる。
「しかし信用できるのか? その娘は」
「出来るさ」
その返事は実にあっさりとしたものだった。
「ボンゴレ十代目の霧の守護者は歴代の中でも特殊でね。例えるなら表と裏・白と黒・そして光と闇…相反するもの同士が奇妙な形で同居している。片方が口八丁手八丁の大嘘つきなら、もう片方はそういったことを一切口に出来ないことになっているんだよ。まあ彼女らのどちらが陰か陽かは私にも分かりかねるがね」
「そんなもんなのかねぇ…」
「そんなもんだろうさ」
 それでもヴェルデはこの男が今回の悪巧みに賛同しないわけがないと思っていた。ケーニッヒの心の天秤もまた独特の傾き方をするからだ。
「個人の持つ炎を用いるとは突拍子もない話だがな。その子が術士なら属性は霧か?」
「だろうね。たった一人の為のたった一つのサンプルだ…どう転ぶか分からない分、しばらくは楽しませてもらえそうだな」
 二人が互いにしか分からない笑みを見せあった直後、研究室の扉が勢い良く開かれた。
「すみませーん、遅くなりましたあ」
「静かに入ってきてくれないか、イノチェンティ」
「あははっ、すみません」
一瞬で空気を壊したのは脳天気な若者の声だった。しかしその裏に相当黒い部分を感じさせるのは言うまでもない。
「受付でヴェルデ博士宛の荷物を預かってきたので、伺うついでに持ってきたんですよ」
「荷物?」
「はい。小さくて随分と軽いものですが」
 荷物といってもここは常に色々な物が上空で行き来しているような場所だ。ヴェルデが自身で注文した物品以外に興味はなかった。
「開けてみてくれてかまわないよ。どこから届いたかは分かるか?」
「えっと…ジャッポーネからですね。住所はナ…ミ…モリ?」
「並盛だと!?」
ヴェルデは自分で言った『開けていい』と『どこから来た』が逆であったことに気がついたが、すでに後の祭りであった。荷物はケーニッヒが楽しそうに見守る中、イノチェンティの手で綺麗に開けられている。
「複数の動物の毛のサンプルみたいですね。ご丁寧に全てガラス板に挟んでありますけれど。それぞれに動物の名前と属性が…犬・猫・牛・カンガルーにハリネズミの針のかけらなんてのもある」
「ライオンの毛なんてどっから取ってきたんだろうな。しかしやはり百獣の王は大空の属性なのか。いっそのこと他の属性ごとシリーズ化したら面白いかもしれないな」
 ヴェルデの腕が真っ直ぐ伸びたまま『ちょっと待て』の体制になっているのを尻目に二人は勝手に盛り上がっている。
(まさかあいつ…私が一度引き受ければ断りにくくなることを全て承知でッッ!!)
ここで言うあいつというのは、日本にいるあのヒットマンのことだ。一番初めに真面目そうな少女をここによこしたのも、のちの注文を断れないように仕向けたのも、おそらくは…箱の中には本人とボンゴレ十代目からの手紙が入っているだろうが、見なくても何が書かれているのかわかるような気がした。
「あんの野郎…ここがペットショップではないと何千回言えば…」
「どうしたんですか? ヴェルデ博士…顔が真っ赤と真っ青でとんでもないことになってますよぉ?」
「ほっとけ」
 
 
 
 
END
 
 
 
 
イメージソング   『飛び方を忘れた小さな鳥』   MISIA
更新日時:
2010/02/28
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Last updated: 2010/7/31