REBORN!

6      誰?   (入江正一&クローム髑髏)
 
 
 
 
 
 ーあなたは…誰?ー
 
 
 
 
 暗闇の中からまるでバネのように勢いづいたまま飛び上がる。
「ここ…部屋? 研究室か…」
慌ててあたりを見回してみたが、現状を把握するまで結構な時間がかかった。まるでシャワーを浴びた直後のように、全身は汗でびっしょりと濡れており、カラカラに乾いた喉は怒鳴り散らした直後のような痛みさえ感じてしまう。
「なんだったんだ…今のは」
目覚めたのだから夢なのだろうが、それにしては感覚がリアル過ぎる。普通目覚めたのなら体も軽くなるはずなのに、まるで鉛を背負ったかのような重みが取り憑くように離れない。
 自分の見たあの闇の中を彷徨っていたのは、華奢な体を持つまだ幼い表情の少女だった。母親からあの『届け物』を命じられた頃の自分と同じくらいの年齢だろうか。ワンピースよりも白く透き通るような肌と、星を宿したかのような大きな藍色の瞳…そして何よりも体を振り切った瞬間の軽さが、今も自身の中に残っているような気がする。
(あの少女がクローム髑髏…)
おそらく間違いないだろう。ボンゴレ・霧の守護者の代行者であり、いわば六道骸の分身のような存在だと聞く。術師としての可能性を秘めているのならば、自分と夢を共有出来たのも頷ける。
 今も昔も彼女とは直接の面識はなかったが、ここ…ミルフィオーレでも噂だけは常に耳にしていた。人を惹き付けずにおれない大した美貌の持ち主なのだという。実際あのグロ・キシニアが相当な執着を見せているというのだ。あのゲスと同じ趣味だと死んでも思われたくはないが、その気持ちだけは理解できる気がした。十三才の姿で現れたのは過去から呼び寄せられた証であり、今頃はボンゴレの秘密基地で大切に守られているのだろう。彼女もまた『ボンゴレリング』の運命に巻き込まれた犠牲者に過ぎない。
 暗闇の中に浮かぶ円形の機械…それを守るかのように、そこには幼かった頃の姿の自分もいた。ミルフィオーレにとって最大の秘密はこのような形で守られて来たのだ。その中にまったく別な存在がやってくることなど想像したこともない。幻術でグロ・キシニアを追いつめたのも冗談ではないのだろう。
(気づかれたか?)
驚きのあまり本人の目の前で今の自分の姿を曝してしまうという失態まで犯してしまっている。でもまだ幼い彼女に現状が理解できるとは思えないし、ボンゴレ十代目が上手に説明出来るとも思えなかった。その点まだこちらが余裕でいられる筈なのだが。
「入江様!?」
「何かあったのですか?」
 自動ドアを開けて数人の女性がドカドカと室内に入ってくる。チェルベッロと名乗る女たちは最早自分の右腕と呼んでもいいような存在だったが、今回ばかりは間が悪かった。しかしこの動きの素早さは…自分は眠りながら彼女たちに聞こえるほどの悲鳴をあげていたのだろうか。
「…なにもないよ」
「でもお顔の色がすぐれないようですが」
一人が心配そうに彼の額へと手を伸ばしてきたが…。
「さわるな!!」
あの時のように手で振り払っても、彼女らが倒れることはなく、可愛らしい悲鳴をあげることもなかった。女性に対して腕を振り上げながら暴言を吐くなど、数年前の自分ならば想像もつかないことだ。寂しいことだが、それだけ幹部の椅子に慣れてしまったということなのだろう。
 しかし女たちは正一の神経質な部分をよく知っている。決してそのことに触れぬよう、静かに側に控えている。本音を言わせてもらえるのなら、今すぐにでも出ていって一人にして置いて欲しいくらいなのに。やはり命令か話がなければ納得しないのか。
「クローム髑髏については、実際に会ったことのある君たちの方がずっと詳しいんだろうな」
ふいにそんな言葉が口をついて出た。
「はっ…?」
「彼女はどんな人間だった?」
 別に彼女らの返事に期待はしていなかった。正一にとっては早急に出ていってもらう為の口実に過ぎない。
「たわいもない平凡な娘だと思われますが」
「!?」
「彼女の持つ力は六道骸そのものです。しかしそれを充分に使いこなしているかといえば違うでしょう。あのまま守護者を名乗るのならあまりにも…彼女はあくまでも術師としては素人レベルだと思われます。ただ…」
「ただ?」
彼女らは互いに顔を見合わせながら、次の言葉を言いにくそうにしていた。
「恐ろしい潜在能力を秘めているとは思います。リング争奪戦でも最後にはアルコバレーノに対して炎の柱に巻き込み、戦意を喪失させる切欠を作りました。短期間で炎の純度を上げるという点ではおそらくトップクラス…そういった意味では六道骸よりも沢田綱吉の方に似ているのかもしれません」
ふうん…とぼんやりした態度で聞いていたつもりだったが、正一の頭の中に強い確信が生まれてゆく。それはまるで濃い霧がはれてゆくような感じだ。
「もういいよ、下がっていてくれ。何かあったときはこちらから言う」
「はっ!!」
 再び室内に静けさが戻ってくる。正一はようやくベッドから起きあがると、そのまま愛用の椅子に身を沈めた。フーッという溜息と同時に何故か笑いが込み上げてくる。本当は腹を抱えて大声でわめきたいくらいなのだが、再び彼女らに入ってこられるのも嫌だったので、口から飛び出さぬよう必死に押さえはしたけれど。
「ククッ…連中のあの顔…」
他人に散々な評価を下しておきながら、その存在に怯えているのだ。まさか十年近い年月をそのような気持ちで過ごしてきたのだろうか。だとしたら滑稽だとしか言いようがない。
「強いんだよ…あの子はさ」
だからこそグロ・キシニアは彼女を力ごと粉々に砕いてしまう事を望み、その力が持つ可能性を知る六道骸は常に手元に置いて守り続ける事を選んだのだ。しかし同時にそれは自分たちの前に立ちはだかる巨大な壁であることも意味する。
「さて、どうする…」
 そんな言葉ごと飲み込むようにゴクリと喉が鳴った。自分たちにとって心臓部に当たる場所へと辿り着いたのだ。そのことをボスである白蘭に報告する必要があるだろう。もっとも「さっすが正チャン♪」と軽くあしらわれる可能性が高いだろうが。でもどうしてなのか…今回の事を他の人間に告げようという気持ちにはなれなかった。相手はいつかは闘わなければならない敵であり、その指を引きちぎってでもリングを奪い取らなくてはならないのに。
(バカな…恐れているのか? あの子を傷つけてしまうことを)
そんなことはあり得ない筈だと、髪をかきむしりながら自分に言い聞かせる。
 突然脳裏に血の海の中を横たわる少女の姿が浮かんできた。確実に訪れる未来の姿…六道骸の力が及ばなくなった結果がこれだ。改めて自分のいる世界が血生臭い狂気をはらんだ世界なのだと思い知る。少なくとも尋常ではないのだ…野望の礎として少女を巻き込むミルフィオーレも、前線で戦わせようとするボンゴレも。消え入りそうなほどに儚い少女のことを、あの頃の自分なら守ってやることが出来たのだろうか。
 まだ立ち上げていないパソコンの画面の向こうで考え込む自分の姿が揺れている。
(…やめた)
どうしてそのような気持ちになるのかわからないのならば、全てを放置してしまうのも手段の一つだろう。最早どうもがいたとしても、自分が元の世界に戻れることはないのだ。そう思うことでようやく心の平安を得たかのように、フーッと大きく息を吐いた。
(今はいい…今はまだ、このままで。でも…)
 
 
 
 
 
 ー可愛い迷い子のアリス 君とはまた嫌でも会うことになりそうだー
 
 
 
 
 
END
 
 
 
 
イメージソング   『マタアイマショウ』   SEAMO
更新日時:
2008/02/08
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Last updated: 2010/7/31