REBORN!

5      ぬいぐるみ   (アラウディ×クローム)
 
 
 
 
 
「お嬢様、どうやらお帰りになられたようですが」
「わかってる! 今丁度車が見えたから…行って来るね」
 
 
 
 
彼が久しぶりにアジトに顔を出すと知らされた時
体中の全てが心臓と同化したように ドキドキと震えてゆくのがわかった
我を忘れて廊下を走るなんてみっともないけれど
それでも滅多に会えない人だから
とびきりの笑顔で「お帰りなさい」を言いたいの
 
 
 
 
しかし張り切って出かけたきっかり10分後
彼女はボンゴレ心臓部ともいえるボスの執務室を訪れ
来客用のフカフカソファーを占拠してしまうことになる
その腕には真新しいテディ・ベアを強く抱きしめながら
 
 
 
 
気落ちした表情と僅かに膨らむ頬を横目で眺めながら
執務中の初代ボンゴレボス・ジョットはクスクスと笑みを漏らした
「どうした? そんなに悔しそうな顔をして」
「…悔しくなんかないもん…」
「アラウディには会えたんだろう?」
「会えたけど…」
 
 
 
 
廊下を悠々と歩いてゆく背中に「お帰りなさい」と言えたものの
「やあ」と一声かけてもらった程度で 
ただお土産と称した包みを投げてよこした次の瞬間には
彼は共にいた数人の部下たちと姿を消していた
ここに来るまでが10分だとしたら 一体彼とどのくらい一緒にいられたのだろう
そしてここを去るまでの間 どのくらい一緒にいられるのだろう
 
 
 
 
まるで共にしつらえたかのような紫色の髪と瞳
一方からはポロッと涙が零れそうになり
もう一方は窓から吹き込む風と一緒に 不安げにサラサラと揺れている
(これは…笑ってばかりもいられないな)
 
 
 
 
 
「しかし奴はお前へのお土産を忘れたことはないだろう?」
「この前はチョコレート入りの箱。その前は外国の綺麗な絵本だったわ」
「…それで今回はそのテディ・ベアだったというわけか」
それでもあの男が買い求めるのは一級品であるのが常だ
おそらくは彼女が思う以上の値段はすると思って間違いない
「結局はアラウディにとっての私は小さな子供に過ぎなくて、そのことが悔しいんじゃなくて…悲しかったの」
 
 
 
 
今は亡き友人の忘れ形見である術士の少女
まだまだ幼いと思いこんで 幹部総出で楽しみながら甘やかして来たけれど
どうやらそれだけではすまないお年頃になったらしい
でも本人もわかってはいるのだろう
永遠に埋まることのない年の差も
ここに滅多にはこられない仕事の事情や 自由を愛する本人の性分も
それでもあの男の優しい笑顔を期待してしまうのは 一途な乙女心のなせる技だと言うべきか
 
 
 
 
「ここには滅多に寄りつかない上に 外国を飛び回っているような人間だからな。お前がどれだけ成長したのかわかっていないのかもしれない」
「世界中を股に掛け、女の人も股に掛け…って言うんでしょ?」
「おいおい、それはまた随分な言いようだな」
「それがわからないほど子供じゃないわ。同じことを雨月さんに言ったら思いっきり笑われたけれど…」
(…だろうな)
 
 
 
 
ジョットはその場でペンを置き 散らばった書類を簡単にまとめ始めた
そしてそれを終えると 机の上で頬杖をついたまま優しい眼差しで彼女を見つめる
 
 
 
 
 
「いいかい、小さなクローム。よく聞いて」
彼女の小さくとがった唇を見て ジョットも思わず吹き出しそうになったけれど
「お前は順調に修行を積めば きっとスペードを越える素晴らしい術士になれるよ」
「……」
「そして誰もが振り返るような美しいレディにもきっとなれる」
「本当かしら」
「そしてそのことを一番よく知っているのが アラウディだってことだ」
 
 
 
 
クロームはジョットの言葉を噛みしめつつ
しかしそこにどういった意味があるのかはわからずにいた
「たとえば…そうだな」
「たとえば?」
「そのテディ・ベアの首にあるチェーンと そこに付いているリングだが」
クロームは慌ててテディ・ベアを持ち上げて 首のあたりをじっくりと確認する
ネックレスのような細いチェーンに通されたのは小さなシルバーリングだ
「気づかなかった…」
「そしてそのリングがお前の左手薬指のサイズと同じだったとしても 俺は少しも驚いたりはしないということだ」
 
 
 
 
ー男っていうのはね  女の子が考える以上にロマンチストなんだよー
 
 
 
 
END
 
 
 
 
イメージソング   『天気予報の恋人』   CHAGE&ASKA
更新日時:
2009/11/06
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Last updated: 2010/7/31