REBORN!

3      楽しかったよ!!!   (入江・スバナ・ジャンニーニ)
 
 
 
 
 おそらくは皆がこの瞬間を待ちわびていたのではないか…『ミルフィオーレ』と呼ばれたファミリーが『メローネ基地』と呼んだ場所に再び立ちながら、入江正一はふとそんなことを考えていた。この計画を思いついた者、賛同した者、巻き込まれた者…今となってはあの白蘭でさえ早急な幕引きを望んでいたのではないかと思えるほどだ。圧倒的な力は時に自らの手からはみ出て暴走する可能性がある。ましてやある程度の時間の制限があったとしたら…。
「正一?」
「どうかなさいましたか?」
「いや、大丈夫だ」
不安気に彼の顔を覗き込む仲間に微笑みかけ、背中をピンと伸ばした。
「じゃ、始めるよ」
 今回の闘いはただ敵を倒せばいいというものではない。過去の存在を未来に呼び寄せたことで生じた時間の修正こそが最も重要な任務であり、ボンゴレ十代目・沢田綱吉と交わした最後の約束でもあったのだ。以前はいつか訪れるであろうこの日を想像しながら、一人で行う不安を思い勝手に腹痛を起こしたこともあった。しかしこうして共に動いてくれるメカニックが二人もいることがとても心強い。
(なにを戸惑うことがある? この日が来ることはわかっていた筈じゃないか…十年前にあの重いバズーカを手にした瞬間から)
入江は指先を震わせながら、それでも戸惑うことなく手のひらの中のボタンを押した。同時に白い円形の装置はウィ…ンという奇妙な機械音をあげながら、徐々に白く眩しい光を放ち始める。
 やがてそれぞれに異なる属性の光を帯びた10個の生命の塊は、狭い地下を互いにぶつかりあうように駆けめぐってゆく。
(来たか?)
光の行方をこの目にしっかり焼き付けようとするが、その強烈な眩しさに思わず目を伏せてしまいそうになる。花火を間近で見たとしても、ここまでの美しさは堪能できるかどうかはわからない。しかしそれらは次の瞬間には全てが幻であったかのように消え失せてしまった。
「反応はどうだ?」
「特に問題は発生していない」
焦る入江の声を受けたスパナの反応は冷静だった。
「そうか。成功した…と思っていいんだろうな」
「どうします? アジトに連絡を入れて現在の状況を確認することも出来ますが」
「いや、それはやめておこう」
ジャンニーニの提案に、入江は首を横に振った。
「もし失敗していたとしても、やり直しがきかない。僕たちが出来るのはここまでだ」
 その声は緊張と安堵が混ざったような複雑な響きがあった。しかしこれ以上は言っても仕方ないことだろう。もう装置の中に肝心の中身がないのだから。
「無事に終わったんだな…」
「そうですね、本当に」
相変わらずキャンディを口に入れているスパナがそう言うと、ジャンニーニもまた笑顔を見せた。一番重要な仕事を終えた彼らの体もようやくプレッシャーという悪魔から解放されたことになる。
 先程あれだけの眩しい光を放った装置だったが、今はそれが嘘のようにひっそりとしている。中身を失った抜け殻のような状態なのだから当然ではあるのだが…しかし人間の運命を翻弄し続けるという任から解放されたことで、これらも自分たちと同様にようやく安息の時を迎えられたとも思えた。膝はあの時のように笑うことなく彼を支え、厄介な胃腸も特別なにかを訴えてくるようなことはなかった。
「ありがとう、君たちのおかげだ」
入江は振り返ると、改めて二人の仲間に握手を求めた。技術屋同士の握手は、やはりそれぞれに強い想いが込められる。それは守護者たちとは違う、彼らだけの絆の証でもあった。
「なんの、なんの。ウチも楽しませてもらった」
「入江さんこそ今まで本当にお疲れさまでした。ここまでの重要な秘密をたった一人で守ってこられたのですから」
 その秘密を守る為に時には三文芝居までこなした自分が急に照れくさく思えてきた。
「今頃ボンゴレたちは…」
「きっと無事に自宅に着いて家族と再会している頃だと思うよ。未来に飛ばされた時間が異なるから、それぞれ戻る時間も違うけれど。ただ綱吉君たちが行方不明になるという出来事はすでになかったことになるから、彼らにとって当たり前の日常が戻ってくるだろうね」
「そうか…」
スパナの表情から複雑な心境が伺える理由はわかっていた。彼の知る仲間たちの姿はあくまでも十年前のもの。大人になった彼らと再会すること自体がピンとこないのも仕方ない。そして何より…もう明るく笑う元気の良い前向きな少年たちとは二度と会うことは出来ないのだ。一人からは肩を、もう一人からは背中を叩かれてスパナは苦笑した。
 そして3人の視線が無意識のまま同時に上へと移動する。この装置にはまるでだだっ子を扱うかのように苦労させられたが、今となってはそれさえ懐かしい思い出になりつつある。こんな大きな計画に参加出来るなんて人生でもそうそうはないだろう。もっとも彼らとの付き合いが長く続けばいつかは巡り会うのかもしれないが、しばらくは御免被りたい気がする。
「でもこれから一体どうなるんでしょうね」
今度はもう一人のメカニックから震えるような声が絞り出された。突然降って湧いたかのような言葉に二人は顔を見合わせる。
「私にとっては専門外なのですが、過去の人間がこの時代に干渉したことで何かしらのしわ寄せが来そうで…」
「うん…そうなんだけれどね」
 入江とてこれらの専門家ではない。しかしいつかは聞かれると覚悟していたのだろう。じっくりと言葉を選びながら語り始める。
「この世界に本来いてはいけない異分子を元の場所へと移動させたのだから、全ては正常に戻ったといっていい筈だ。でも未来での記憶は残るものだからね。これからの十年…彼らは常に最悪の状況を意識しながら生きてゆくのだろうと思う。それによってこの時代も変わってしまう可能性が高いだろうな。あるべき事がなくなり、なかったはずの事が突如現れる…こればっかりは見当もつかないよ。ここから先は神の領域だ」
「ならばこの空間から出てしまえば私たちの記憶も…」
「古い記憶は排除され、新たな記憶が植え付けられるだろう。中には思いがけない内容のものがあるかもしれない」
 3人の視線が今度は出入り口を兼ねた扉に注がれる。あの向こうには自分たちの知らない世界が待っているのだろうか。まるで気分はホラー映画の主人公だ。入江は微妙な空気を振り払うように素早く話題を変えた。
「ところで、二人はこれからどうするのか決めているのかい?」
「一度は情報の収集と整理の為にイタリアの父の元へ戻るつもりです。でもすぐにここへ戻るでしょうがね…まだ並盛のアジトも未完成な状況ですし」
ジャンニーニは先程の緊張感を必死に胸に押し込みつつ、それでも明るく笑って見せた。それは父親の代からボンゴレに仕えてきたメカニックとしての誇りであり、自信でもあるのだろう。
「そうか…スパナは?」
「んー」
 いつもののんびりとした口調で考え込みながら、首を回して骨をポキポキと鳴らす。
「とりあえず古巣のジッリョネロにもどってみるつもりだ。あそこもユニ姫を中心に新しくファミリーを立て直すらしいし、そこでまた使ってもらえたら嬉しい。ただ…もしまたボンゴレに攻撃を加えるようであれば、その時は自分でケリをつけるよ。ウチはボンゴレを敵に回したくないし、ボンゴレの敵になりたくはない」
一度はファミリーと敵対する立場を選んだのだから、手放しで喜んでもらえるとは思っていない。しかしそれでも彼の持つ高い技術力は喉から手が出るほど欲しい筈だった。またボンゴレとの橋渡し役としても必ず力を発揮できると入江も確信している。
「そういう正一はどうするんだ?」
「え? 僕かい?」
 入江は改めて自分が歩んだ道のりを思い浮かべてみる。かつての自分の生活からは想像出来ぬほど遠いところまで来てしまった。しかし…。
「そうだな…まずは並盛にある実家に帰るよ。イタリア留学を口実にこれまで随分と好き勝手してきたからね。あとはバイトをしながらせめて大学は卒業しておこうと思ってる」
この星の運命を左右するほどの偉業を成し遂げた直後にしては、あまりにも平凡な願いだった。しかし今はその当たり前のことがひどく懐かしい。元気でいるだろうか…やたらとマイペースだった母と姉、そして若干影の薄かった父親も。
 しかし彼らはこの自らの希望が夢物語として消え失せる可能性があることを知っていた。全ての現実はあの扉の向こうにある。過去へと戻った彼らが誰と出会い、何を学び、何かを選び、そして誰かを愛し…その先にボンゴレやジッリョネロが実在しているのかは誰にもわからない。そんな状況に巻き込んだ申し訳なさが、入江にこんな台詞を言わせた。
「またなにか一緒にやりたいな…3人で」
「入江さん…」
「殺しあいともマフィアとも違う、もっと夢のあることに挑戦出来たらって思うよ。また3人で手を組んでさ」
 突然の提案に二人は顔を見合わせたが、すぐに楽しそうな笑みを浮かべて頷いた。
「それは面白そうだ…ウチは賛成」
「もちろん私もですよ! 入江さんの持つバズーカノ知識を応用すれば、タイムマシンを作ることだって不可能じゃありません」
さっきは神の領域をあれだけ恐れていた自分たちが、いつかそこに直接踏み込む日が来るのだろうか。設計図や資料を何層にも積み上げ、山のような機材を持ち込み、パソコンの配線を蛇のようにうねらせ、自分たちにしかわからないような専門用語で会話をし…。
「完成したら行き先を巡って喧嘩するんだろうな」
「それもまた一興…ジャッポーネではそういうふうに言うんだろ?」
「確かに」
廃墟の中を元気な若者たちの声が響いた。
 それから3人は肩を並べて扉へと向かう。互いの胸の中に別れの悲しみと僅かな希望をしっかりと抱きながら。そして先頭を歩いていた入江がドアに手をかけると、外の明るい光が細く差し込んできた。
「それじゃ、いこうか」
「…ん」
「はい」
 
 
 
 
ーありがとう…今まで共に秘密を守ってくれたこと、心から感謝しているよー
 
 
 
 
END
 
 
 
 
イメージソング   『トモダチ』   ケツメイシ
更新日時:
2009/07/25
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Last updated: 2010/7/31