REBORN!

2      名前を呼んで   (クローム&十代目・守護者たち)
 
 
 
 
 
 海外へと向かう旅人たちが集うには時期が違ったのだろうか。国際空港の中は自分が想像していたよりも閑散としていて、一人でここに立つ自分がひどく場違いのように思えた。といっても数少ない周りの人間にとっては『可愛らしい女の子が一人で旅行する』といった程度の認識しかなく、かえってそれを微笑ましく見守っているようだったが、今の彼女にはそれさえ幼い自分に対する好奇の眼差しだとしか考えられなかったのだ。俯きがちのままカウンターで手続きをすませ、手にしていた小さなトランクを係員に預ける。若い女子職員が「なにかあったときは…」と親切に声をかけてくれた時に、初めてかすかな微笑みを向けることが出来た。
 搭乗口に向かうまではまだ少し時間があるようだ。『クローム髑髏』を名乗る少女は近くにあった待合い用の椅子を見つけて腰掛ける。
「そうだ…」
ショルダーバッグの中を探り、何かを取り出す。それはもう何度も何度も繰り返し読まれた一冊の本だった。初心者の為のイタリア語ガイドは、ここに持ってきた手荷物の中の…本当に自分のだと言える唯一の物だろう。クロームの手によって引かれたアンダーラインと細かく書き込まれたメモが勉強の成果と真面目な彼女の性格を物語っている。しかしまさかこの本をこのような形で役立てることになるとは、以前は想像したこともなかった。
 結局自分は六道骸から手を差し伸べてもらうことが出来なかったのだ。十年後の未来の世界で自らを解放した彼は、霧のリングを手にし、昔から共にあった二人の若者を伴いそのまま姿を消してしまった。クロームに対して普通の少女としての幸せをと望んだのかもしれないが、それは単なる後付であり、真実を彼自身の口から聞くことは永遠に叶わないだろう。彼が復讐者から解放されれば自分は用済みになるということをわかっていた筈なのに、それでも残された悲しみは今も胸の中を燻り続けている。
「あっ、いたいた」
「おーい、見送りに来たぞーっ」
耳に届いた聞き覚えのある声に慌てて振り向く。自分を見送りに来てくれる人なんて…と心で必死に言い訳をしながら、それでも彼らの姿を見ると自然と涙腺が緩んできた。
「ボス…みんな…」
 ボンゴレファミリーの十代目ボスとその守護者たち…そして山本武の肩の上にはいつものようにスーツ姿の赤ん坊が乗っていた。空港の雰囲気にはしゃぎっぱなしの牛の子供を連れながら、ようやくここまで来ることが出来たらしい。
「ギャハハーーッッ、クロームいたもんねー」
その小さな男の子がクロームの足下にしがみつく。
「…坊やも来てくれたの?」
「クロームはイタリアに行くの? だったらランボさんが遊びに行ってやってもいいぞ!」
「こんなとこでふざけてんじゃねーぞ、このアホ牛ッ!」
背後にいた獄寺隼人からお説教と一緒に激しいげんこつをもらうランボだった。当然大きな瞳から大粒の涙がポロポロと零れてくる。
「ギャアーーーーッッッ、獄寺が叩いたアアアアーーーー!!」
閑散としていた空港内がこのせいで一気に賑やかになる。慌ててランボを抱き上げたのはやはり保育係を強制的にやらされている彼だった。
「獄寺くんも落ち着いて! クロームがびっくりしてる…ランボだって悪いんだぞ。良い子にしているって言うから空港まで連れてきたんじゃないか」
 半分土下座状態で許しを請おうとする獄寺と、まるで百万の味方を得たかのようにあっかんべーをするランボ…未来から戻ってきて確実に成長の跡を見せても、こういったスタンスは変わり様がないのだろう。かつての事を思い出すように小さく笑うクロームを見て、山本と笹川了平もまた安心したように微笑みを返した。
「体の方は大丈夫か? 向こうに着いたらすぐ手術が控えてんだろ?」
「今は自分の幻術でなんとか保てているみたい。でもなるべく早急にってお願いしているの」
「そうか。本当は京子たちも連れてきたかったんだがな、どうしても外せない約束があるのだそうだ。お前によろしく伝えて欲しいと頼まれているぞ。元気になったらみんなでイタリアに押し掛けるとな」
「ほんとに?」
未来の世界で知り合った初めての女友達だった。その一人一人を思い浮かべると心が温かくなってゆくような気がする。
 それでもこれが永遠の別れではないのだとわかっていながら、彼らの周りの空気が重くしんみりとしてしまう。その間を割って入るかのように凛とした声が聞こえてくる。
「向こうに渡す手紙を忘れてねぇだろうな?」
「うん…」
小さな家庭教師の言葉に、クロームはバック゛をかき回しながら頷いた。しかし言われたそれは単なる手紙ではなく、彼とボンゴレ十代目が並んで署名した本部への紹介状であった。
「イタリアに到着する頃にはボンゴレの人間が空港で待っているように手配は済ませているらしいからな。お前は何も心配しなくてもいいぞ」
「…ありがと」
 これらの事については、随分と以前からボンゴレ上層部と門外顧問らの手によって取り決めがなされていたようだ。特に身よりのない気の毒な少女のことをボンゴレ9代目は気にかけており、万が一の場合は養女として自らが引き取ることを考えていたのだという。クロームがイタリアに到着後すぐに実父から提供された臓器の移植手術が行われ、その後はボンゴレの元で年相応の教育を受けることになっていた。
「学校に関してはすでにディーノが手配してくれている。奴とスクアーロの後輩といえば聞こえは悪いが、学校としては超一流だ。あとはアルコバレーノ最強の術士を家庭教師として付けるつもりらしいぞ」
一体その為にいくらの金を積んだのか…申し訳ないと思う反面、その様子を想像するとおかしくて仕方なくなる。全員があの赤ん坊を思い出して吹き出しそうになった。
「なにもかも本当にありがとう…」
クロームは深々と頭を下げ、改めて仲間の方に向き直った。
「私はもう霧の守護者ではなくなってしまったけれど、それでも向こうで一生懸命勉強するね。そしてボンゴレ十代目の役に立てる人間になりたいの」
 随分と変わったものだ…ツナだけではなく、獄寺や山本、了平までもがそう思っていた。闘うことに対して躊躇いを見せるような子ではなかったが、それでもあの男の影であった頃の面影はどこにもない。
「まっ…まあ、十代目の右腕たる俺の元でどのくらい役に立てるのか期待してやらねーことも…」
「ハハッ、獄寺は相変わらずなのな」
いつもと変わらぬそんなやりとりのおかげで、その場はまたドッと湧いた。
「あ…それから」
「何?」
「雲雀さんにもよろしく伝えてもらえる…? お世話になってばかりで満足にお礼も言えないまま来てしまったから」
「うむ、それなら俺にまかせておけ。必ず奴にも伝えておくからな」
他の守護者よりも一つ年上な分だけ、自分が雲雀に一番近いのだと常に意識していたのだろう。ここで了平がポンと胸を叩いた。
 それぞれに簡単な言葉を交わし、途中で一緒に行くと大暴れしたランボを取り押さえる一幕もあったが、刻々と別れの時間は迫っていた。
「そろそろ時間だな」
皆が言いにくい言葉を率先して言ってくれたのはやはりリボーンあった。帽子を少し上に傾けてクロームを促してくれる。
「うん…それじゃ、私行くね」
彼女の儚げな微笑みを見ると皆何も言えなくなってしまう。『元気で』『頑張れよ』という当たり前の言葉でさえ、今のこの子には重いように感じられるのだ。これまで幾度も生死を共にしてきた仲間に何もしてやれぬ悔しさが、別れの寂しさとも相まって少年たちの瞼の奥をツンと刺激する。
 搭乗口に消えようとする小さな背中があまりにも切なかったからだろうか。気が付いた時、沢田綱吉は大声でこう叫んでいた。
「あっ、あのっ、名前っ」
クロームはその声に立ち止まって振り向いたが、何を言われているのかがわからずに首を傾げる。そしてそれは彼の横に並ぶ友人たちも同様だった。
「ボス…?」
「いやっ、あの…」
真っ赤になっている未来のボンゴレ十代目を、山本の肩に乗った家庭教師が優しく見守っている。
「今のクロームは骸の力を借りなくても生きてゆけるだろ? だったらもうクローム髑髏を名乗らなくてもいいんじゃないのかなって思ったから…もしよかったらだけれど、次に会うときは本当の名前で呼べたら俺も嬉しいかなって。だから…」
 そう言われたクロームの体がギュッと小さく縮こまる。それはあの時、六道骸と出会った瞬間に捨てた名前だった。そのことを悟られないようにと思いつつ、慌てて他の守護者たちへと視線を移すが、全員がボスに同意するかのように頷いていた。
「私の…名前…」
そして誰からも愛されぬまま消えてゆく筈だった自分の命…それを今ここにいる彼らなら必要としてくれるのだろうか。他の誰の代わりでもない、ありのままの自分を。
「…凪」
「えっ?」
「私、凪っていうの」
 可愛らしい微笑みと一緒にもたらされた名前に、ツナは思わず絶句する。それは隣にいた獄寺にとっても同様らしい。彼はクローム髑髏という名前が六道骸のアナグラムだということを相当以前から見抜いていたが、本名がごく普通の女の子らしいものだとは考えたこともなかったからだろう。しかしその横でヒューと軽く口笛を吹く者もいた。
「なんだ、そっちの名前の方が全然可愛いじゃん」
「うむ! 俺も凪の方が極限にいいと思うぞ」
そして色々な思惑の間を滑り抜けるように、小さな子供がはしゃぎ始める。
「なーぎ、なーぎ、なーーぎーっっ」
「だーかーら、てめーはうるせーんだっての」
再び振り下ろされた拳のおかげでランボのたんこぶは雪だるまのような形になった。可哀相だと思いながら、殴った側と殴られた側以外が笑い出す。そして案の定保育係がここでもなだめる事になるのだった。しかし先程と違うのは彼が明るい表情でランボを抱きかかえるのと逆の手を上げ、凪に向かって大きく振ったことだ。
「手紙も書くよ。メールもする。そしていつかみんなで凪に会いに行くからね」
「うん、待ってる。その頃にはもっと成長した自分を見てもらえるように、私も頑張るから」
彼女もまた、何度も何度も振り返っては仲間に向けて大きく手を振った。
「またね」
「ああ、またな!」
それは若い彼らに相応しい爽やかな門出となった。
 
 
 
 
 その日、学校自体は休日で登校してくる者はなかったが、それでも応接室には絶えず人の出入りがあった。並盛一帯を傘下に持つ風紀委員会に休息はないのだ。本来学校が来客用にと用意した革張りの高級椅子に座りながら、委員会を束ねる長はふと走らせていたペンを止める。
「…ふう」
今の溜息も、仕事を止めてしまったことにも、彼自身の中に大きな理由があるわけではなかった。問われたなら流石の彼も答えられなかっただろう。複雑な心境のまま立ち上がり、そのまま部屋の窓を大きく開け放つ。
「…あ」
何気なく目を向けたのは遠くの町並みまで包み込むような青い空だった。そしてその上をキャンバスにするかのように、細長い飛行機雲が美しい弧を描いてゆく。それがどこに向かっているのかはわからないが、それでもあの雲雀恭弥を魅了するだけの美しさはあったようだ。
「…ふぅん」
 白と青の美しいコントラストを消えかかるまで眺めていると、誰かが応接室の扉をノックする音が聞こえてきた。
「失礼いたします、委員長」
深く一礼をしてから入室したのは、長めのリーゼントヘアを見事に整えた男子生徒だった。
「草壁か」
「先日行われました並盛中での風紀検査の結果が出ましたのでお持ちしました」
「ご苦労」
決して人を寄せ付けぬ性質の長の側に彼がいられるのも、こうした先が読める細やかな神経があってこそなのだろう。机の上に資料の束を乗せた草壁に向かって、雲雀は突然こんなことを口にした。
「…何か僕あてに伝言を頼まれてない?」
「いや、聞いてはいませんが。何かお約束でも?」
何故急にこんな事を聞いたのか…口を手で押さえ考え込む雲雀を見ていると、それ以上は何も言えない。
「…いや。なんでもない」
 書類を手にすると同時に彼は再び委員長としての顔を取り戻す。大がかりな風紀検査の結果いかんで彼に噛み殺される人間が決まってゆくのだ。パラパラとめくられる書類の音を聞きながら退室しようとする草壁に、再び雲雀の声が飛んだ。
「なら僕宛に伝言があったら必ず伝えるように。たとえそれがあの草食動物たちからだったとしてもだ」
突然の命令に彼も問いかけたいことがいくらでもあっただろう。でも言葉を飲み込むことで事を荒立てずにすむ事も痛いくらいにわかっていた。
「承知しました」
 
 
 
 
ーそれから十年ー
 
 
 
 
 地中海の要衝とさえ呼ばれる南イタリア・シチリア島…こちらに本部を置くマフィア界でも最大・最強を誇ると言われる『ボンゴレファミリー』の周囲が慌ただしくなってきたのはここ数日の事であった。年若き十代目ボスの就任式を目前に控え、幹部クラスと呼ばれる人間はもちろん、ファミリーの下っ端扱いの者たちまで準備にかり出されて忙しなく動かされているような状況である。しかしそのことに関する不平不満は皆無であったことだろう。マフィアの世界における一つの伝説の誕生…それに立ち会えることを幸福だと思わぬ者はいなかったからだ。
 日本からやってきた初代の子孫にあたる若き十代目は、歴代のボスが身を沈めてきた執務室の椅子に腰を降ろし、ほんの僅かな休憩時間を親友であり腹心の部下でもある二人と一緒に過ごしていた。
「お顔の色がすぐれないようですが」
誰にも聞こえぬよう小声でささやきかけたのは彼の自他共に認める優秀な右腕だった。幼い頃からこの世界に身を置く彼はそういった複雑な感情にも敏感に反応してくれる。
「もしもの場合の為に幾人かの影武者の用意はしてあります」
「いや、大丈夫だよ」
「十代目…」
「ここで弱音を吐いたらこれから何も出来なくなりそうでね。でもここまで行事が続くと流されている気もするから、そのあたりは手綱の方をしっかり頼むよ」
「わかっております」
 流されているというのは物騒な表現だったが、本人にとっては偽りさえ入る余地のない本音だった。本日予定されているお披露目のパーティーが無事に終わったとしても、同盟ファミリーに挨拶に出向くのでさえ想像を絶する日数が必要になるだろう。そしてそれらの前には一番重要なリングの継承式が待ちかまえている。
(しかし…なあ)
そんな重要な儀式に守護者の全てが参加するとはボスである自分でさえ思えずにいた。両側に控える嵐と雨の他に、ボヴィーノからやってくる雷の守護者と、この日の為に来日する晴れの守護者がせいぜいといったところだろう。雲と霧に関しては情報こそ伝わっている筈だが、一体どうするつもりなのかまではとても計れるものではない。歴代のドン・ボンゴレに申し訳ないような気もしたが、それについては「お前の場合はまだ出席率がいい方だ」と門外顧問である父親が笑い飛ばしてくれていた。
 常に冷静さと緊張感をを保ち続ける獄寺とは違い、反対側の位置に立つ山本武の方は楽しそうな笑みを絶やさず、愛想の良い声で連絡係を務めている。愛用の黒い携帯電話も手のひらに張り付いているような状況だ。それを決して面倒くさがらない彼にもまた頭を下げたくなるような心境だった。
「笹川の兄さんと連絡が取れたぜ。たった今空港に到着し、迎えに出ていたランボとイーピンに無事会えたらしい。大至急こちらに向かっているそうだ」
「そうか…よかった」
 歴代ボンゴレには失礼かもしれないが、とりあえず十代目として恥ずかしくないだけの守護者たちをそろえることは出来たと安堵する。
「そういえば、山本」
片手で携帯電話を弄びながらひっきりなしに行き来するイタリア車の群を眺めていた山本が我に返った。
「ん? どした?」
「そろそろ凪の乗った列車が到着する時間の筈なんだ。無事に着いたかどうか確認の電話をしてもらえないか」
ボスらしく威厳を漂わせながら言ってみたものの、本人は顔を僅かに赤らめて実に恥ずかしそうだ。無理もない…ここ数日間の間に似たような質問をあちこちでした上に、もれなく聞かれた全員から苦笑されてしまったのだから。特に山本などその犠牲の最たる人物だっただろう。守護者に準ずる存在としてだけではなく、自分の緊張を優しく癒してくれる女の子としても凪は彼にとって必要な存在だったのだ。山本も微笑ましさ故にブッと吹き出しそうになったが、鬼のような形相の獄寺の咳払いがなんとか喉の奥で止めてくれた。
 ボンゴレ9代目が目の中に入れても痛くないほど可愛がっているという養女は、現在外国に留学中だった。それでも敬愛する十代目の就任式と聞けば喜んで参加するという返事をもらっている。
「はいはい…って、そういえばこの前マーモンから聞いたけど、凪もえらい美人になったらしいな」
指が覚えた番号を押しながら、山本はふいにそんなことを言い出した。
「そうなの?」
「若いマフィア連中から山のような見合い写真やらラブレターやらが彼女宛に届くそうだ。といってもあいつもボンゴレ幹部の一人みたいなモンだからな、最早高値の花過ぎて相手が誰でもいいってわけにもいかないらしいぜ…って、凪か?」
話の途中に聞こえてきた女性の声に慌てて反応する。
『武?』
「悪りぃ、丁度世間話しながらボタンを押していたもんでさ。今どこにいる?」
『丁度いいタイミングね。たった今駅に着いたところなの』
「そっか…ま、無事に着いて何よりだな。なんたってうちのボスは誰かさんに対してやたらと過保護になるんでね。」
『ボスにとっての私はいつまでもあの時の13才のままなのね』
電話の向こうからクスクスと可愛らしい笑い声が聞こえてくる。これだもの…ボスだけではなくボンゴレ自体が彼女に対してやたらと過保護になってしまうわけだ。山本も背中にくすぐったいものを感じながら苦笑する。
「そういうことだ。そっちに守護者の一人を派遣したから、今はそいつの指示に従って動いてくれ」
『助かるわ。向こうからお土産を沢山持ってきたから、運ぶのを手伝ってくれる人がいれば…』
 次の瞬間、前方へと視線を向けた凪の表情がそのまま固まってしまう。手にしていた携帯電話も山本武と繋がったままの状態で手のひらから滑り落ちてしまった。ルビー色のそれはクルクルと弧を描いて地面を滑り、人混みをすり抜けて『彼』の足下に止まった。
「あっ…」
(そっちに守護者の一人を派遣したから、今はそいつの指示に従って動いてくれ)
確かに電話の向こうの山本はこう言った。その時はいよいよあのランボも一人でお使いが出来るようになったかと微笑ましい気持ちになったが、まさかここでこの人の姿を見つける事になろうとは…ボスでさえ自由に扱うことが出来ない人の筈なのに。
 未来の世界はまだ幼かった自分たちが介入したことで随分と様子が変わっていた。それは多分大人になった自分自身も含めての事だろう。しかし目の前に幾人かの部下を従えて訪れた彼は、あの頃と少しも変わっていないように見えたのもまた嬉しく感じられた。僅かに身を屈めて転がってきた携帯電話を手にし、まだ遠くにいる凪の方へと差し出してくれる。凪は『この人に手伝ってもらうつもりだった』荷物をその場に放置し、拾ってもらった携帯電話さえすり抜けて彼の腕の中に飛び込んでいった。
「おかえり」
「…ただいま」
 
 
 
 
(ボス…私ね、今この瞬間から自分の未来が動き出したような…そんな気がするの) 
 
 
 
END
 
 
 
 
イメージソング   『いつか きっと』   渡辺美里
更新日時:
2008/12/26
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Last updated: 2010/7/31