REBORN!

19      予告者   (ベルフェゴール&クローム髑髏 十年後)
 
 
 
 
 
 中央に紋章のレリーフが飾られた漆黒の扉の前に立つ。その重厚な鉄のそれを軽く叩いたつもりでも、拳に鈍い痛みが走った。
「はーい、どうぞ」
なのにノックに対する返事はあまりにも軽く、彼女を心底ガッカリさせる。ここを訪れるまでに必死にかき集めた勇気や決意が一気に砕かれたような気持ちになった。しかしここから逃げ出すわけにはいかない…ボンゴレ本部が壊滅したという話が耳に入って数日、彼女が頼るべき場所はここ以外に最早考えられなかったからだ。ギィという嫌な音の末に部屋を覗くと、声の主がテーブルの上に肘をつきながら座っているのが見えた。
「お久しぶりね、ベルフェゴール」
 鮮やかな金色の髪に、暗い室内でも輝きを放つティアラ…あれから十年近い年月が過ぎたとしても彼の印象は少しも変わらない。彼女も『王子様』という名称には幼少時から随分と夢を見てきたものだったが、過多な期待は寄せないようになったそもそものきっかけの主でもある。
「へえ、珍しい人が来たもんだ。内心もう二度とお目にかかりたくないと思っているんじゃないの?」
相変わらず人をバカにしたような乱暴な口調だ。例えボンゴレが壊滅的な危機に陥ろうとも、自分の本質を変えるつもりはないらしい。クロームの唇からフーッとため息が出てくる。
「どうやら僕が相手であることが不満なのかな?」
「少なくとも会話の通じる相手であって欲しかったわね」
 性別を越えたところで話の出来るルッスーリアか、寡黙でも間違いのない仕事をするレヴィならばよかった。あまり話したことはないが、スクアーロも嘘をつけないタイプだろう。
「僕がこんなにおいしい役割を他人に渡すと思う?」
「…思わないわ」
「いくら本部が壊滅状態とはいえ、僕らまで一緒に潰れるわけにはいかないからね。数日のうちに組織ごと闇に沈める予定なんだ。連中はそのことでてんてこ舞いしているよ」
「あなたは行かなくてもいいの?」
「だって、オレ王子だもん」
 相変わらずの言葉と一緒に歯をむき出しにしてシシシと笑う。それにこのまま付き合うわけにもいかず、クロームは立ったまま真っ直ぐに彼を見た。
「情報が欲しいの」
「情報?」
「ボンゴレの本部壊滅については留学先で突然聞かされたから、まだ現状がつかめていないの。情報部の機能も正確には動いていないみたいだし…ね」
「なるほど、だからボンゴレ内でありながら独立した組織であるここに来たってわけね」
 彼らは人間同士で命のやりとりをしている集団だ。そこから得た情報はどこよりも信憑性が高い。
「今回の襲撃の主犯…幹部の行方…そしてボンゴレ十代目の動向…なんでもいいわ、あなたの知っている事全てを話して。報酬はあなたの望むままに支払うから」
ベルフェゴールはしばらく考えた後、うーんと天井に向かって大きく伸びると他人事のようにこう言った。
「首謀者はミルフィオーレ・ファミリーのボス、白蘭という名前の男だよ。ファミリー自体も良くない方面で知られていてね、何度か暗殺がらみで動いたことはあったけれど、あまり良い気持ちにはならなかったかな」
「あなたでもそう思う事があるのね」
「まあね。でも以前ならばボンゴレの名前を出すだけで黙らせることは出来たよ。やはり全てのきっかけは…リングだろうね。連中も必死になって集めていたらしいから」
 大量のリングを集めることでのし上がってきたミルフィオーレと、争いを避ける為に自分たちのリングを砕いたボンゴレ…その行動がここまでの圧倒的な差を生んでしまったというのか。クロームは悔しい感情を胸の中で必死に押さえ込む。
「ボンゴレ九代目の行方は不明。これはbQの門外顧問も同様だよ。ただ二人とも死んだという報告はないし、遺体の確認もされてはいない。どこかで生きている可能性もある」
あのベルフェゴールにそう言わせるあたり、その『可能性』とやらは相当高いと見ていい。クロームはようやく落ち着いたかのように胸をなで下ろした。しかし…。
「でも10代目はそうもいかないよ」
「えっ…」
「銃で胸を一発、それでお終い。これは目撃者もいるらしいから、確かな話だろうね」
 突然の衝撃が胸を貫いて行く。自分の知らないところでそんな大事が起こっていたとは…しかも自ら仕えると決めたあの若者がいとも簡単に殺される事など想像出来るはずもない。
「嘘ッ!!」
「嘘もなにも、あんたはそれを聞きにここまで来たんだろう?」
それはそうだけれど…でもそれは簡単に信用していいような内容ではないだろう。後のマフィア界を支えて行くあの青年は、確かに優しい性格だったけれど決して弱い人間ではなかった筈だ。
「うそ…よ…」
 クロームは言葉を失ったまま俯いてしまう。ベルフェゴールも彼女に優しい言葉をかけるつもりはなかったが、それでも小さな女の子を泣かせてしまったかのような居心地の悪さを感じてはいた。どうやら本人が思っていたよりも早くにこの言葉を言う必要があるようだ。
「目撃者がいたのは事実だが、だからといって彼が殺されたとは限らない」
「どうしてそう言い切れるの?」
先程とは真逆の言葉にクロームの脳内はますます混乱してゆく。殺されたのでなければ彼が自ら命を絶ったとでもいうのか。そちらの方がよほど信じられないと思うが。
「あの男が動いていない」
「あの…男…?」
その時のベルフェゴールの声はいつもより僅かに震えているように聞こえ、しかししっかりとした口調は圧倒的な自信に裏付けられているようにも思えた。
「自分が最も信頼し忠誠を誓っている者が殺された時、自ら敵陣に乗り込んで大暴れするくらいのことやらかすんじゃないの? あの嵐の守護者はさ」
「隼人がまだボスの側にいるのね?」
 それはボンゴレ10代目の右腕を務めるたった一人の男の行動だった。しかしそれいかんで守護者たちの運命は吉にも凶にもなる。獄寺隼人が身を潜めているということは、まだその側に沢田綱吉も生存している可能性があった。しかも相当高い確率で…だ。
「よかった…」
安堵の笑みやため息よりも先にそんな言葉が出てきた。もちろん自分の身も心も全て『あの人』のものだと思うが、それでも彼より与えられた運命と忠誠心はボンゴレのものだ。自分にはまだいるべき場所があり、ボスの為に働くことが出来るのだと思うと涙が出そうになる。しかしそれを目の前の男に見せるのはなんとなく癪だった。涙を瞼の直前で押さえ、なんでもないように言った。
「ありがとう。報酬は金額を言ってもらえればいつもの口座に振り込んでおくけれど」
礼の言葉の筈なのに、そこに彼女自身の感情は含まれない。
「いらないよ、そんなもの。オレはあの強欲な赤ん坊とは違うんでね」
「え?」
「その代わり、もう少し話していかない?」
 それは突然の意外な申し出だった。変わらぬ軽い調子に呆れと怒りが混ざったような感情がこみ上げてくるが、それが表に出ないように必死に押さえ込む。
「いつまでも突っ立っていないでさ、座ったら?」
どうするべきか…少なくとも今は緊急の事態で、王子様の気まぐれに付き合う暇はない。でももしその話とやらに重要な情報が隠されていたとしたら? 
「ありがとう。そうさせて頂くわ」
 不本意ではあるが、彼の言葉を決して聞き逃さないよう近くの椅子に腰を降ろす。しかしどれだけ近づいても彼の目は前髪に隠れて見えないし、その本音を覗くことも出来ない。
「ねえ、不思議に思ったことはない?」
「何が」
「晴れ・雷・嵐・雨・霧・雲…そして大空」
ベルフェゴールは指先を一本ずつ突き出しながら呟くように言った。それはいずれもボンゴレの幹部を示す名前だ。以前はそれを証明する指輪もあった。
「これらは本来初代ボンゴレとその部下の性質から生まれたものらしいね。いわばこれらはボンゴレが数百年かけて守り続けてきた特別な称号なわけだ」
 突然このような話を始めた彼の真意はわからない。しかしだからといって真っ向から反論もクロームは出来ずにいた。今となってはファミリーの内外問わずに七つの天候は当たり前のように語られている。しかし本来受け継ぐべき人間は常に七人しかあり得ないのだ…一体いつからこのようになったのだろう。
「わからないわ。私にリングを渡したのは門外顧問だったけれど、属性についてなんて詳しく教わった覚えがないもの」
これまでもそうだったのだから、これからもそうなのだろう…今までそうとしか思えずにいた自分が急に愚かしく見えてくる。
「僕たちが初めて会ったとき、すでにこの種まきがされていたとしたら?」
「…リング争奪戦…」
「そう」
 あれからもう十年になるのか。クロームにとって全てがそこに由来されているといっても過言ではない。ザンザスに荷担したベルフェゴールにとってもそれは同様だろう。真夜中の並盛の様子は昨日のことのように二人の脳裏に焼き付いている。
「でもあそこにいたのは全てボンゴレの関係者だったはずよ? 犬や千種は違うかもしれないけれど、骸様がいない以上何も出来なかった筈だもの」
「…本当にそうかな?」
「えっ?」
「本当にあの場所にいたのはボンゴレ関係者だけなのかな。忘れたわけではあるまい? 中立でありながら決して油断ならない雰囲気を醸し出していた連中をさ」
 ボンゴレの次世代を確定する重要な意味があったにも関わらず、そのことを知っている者は驚くほど少ない。双方の守護者候補、家庭教師たち、門外顧問、そして…クロームの背中は不気味でありながら決して逆らえない特別な気配を思い出していた。
「チェルベッロ…機関…」
「あたり♪」
門外顧問にさえ伝えられていなかった謎の組織だった。真実はボンゴレ\世が知っている筈だったが、しかし守護者となった自分たちは何一つ彼女らの正体を知らされていない。
「彼女たちが今回の一連の出来事に荷担しているというの?」
「あくまでも可能性の話だけれどね。でも連中はうちのボスが負けることや、あの場にスクアーロがやってくることを知っていた…これでミルフィオーレと全く関係していないというのもおかしな話になってくるし」
 思えば彼女らはまるでリング戦の全てを知っていたかのような振る舞いを見せていた。自分たちはただ彼女らに利用されていただけだったのか? 信じたくはないが、でもこれなら一本の線で結ばれる事も多く、なによりもベルフェゴールがこのことを自分に打ち明ける理由にもなる。王族の血を引く男が他人に利用されるなど最も屈辱的な事だと思えるからだ。
「今は絶望的な状況だとしても、もしかしたら思いがけない綻びがあるかもしれないのね」
「特に君は体に厄介な男を飼っているからね。あいつが全てを承知しているなら、連中は真っ先に君を狙ってくると思うよ」
「それは楽しみだわ」
「へえ、そんな余裕ある事言えるようになったんだ。悪くないね」
「ありがと」
 一通りの話が終わり、二人の間に沈黙が流れる。まるで全てが終わってしまったかのような…しかし漂う空気はどこか清々しい。
「生きて帰りなよ、クローム」
それは彼の口から発せられた思いがけない優しい一言だった。言われたクロームも自分の耳を疑ってしまう。それでなくてもボンゴレがここまで混乱している現在、今後彼とこうして向き合って話せる可能性は低い筈なのに。
「前に私の顔にナイフを突きつけた人とは思えないセリフね」
皮肉のつもりで言った言葉だが、それでもクロームの口に楽しそうな笑みが浮かんだ。
「なに…楽しかっただけだよ、君とこうして顔を突き合わせて話すのがね」
「気まぐれな人ね」
「だって、オレ王子だもん♪」
 しかしもうこれ以上ここに留まる理由はない。クロームは腕時計をのぞき込みながら鞄を抱え直すと、そのまま椅子から立ち上がった。
「ありがと。随分と色々な情報をもらった気がするけれど、無報酬で本当にいいの?」
「ケチなことを言うつもりはないさ。どうせ正確な情報なわけでもないし、気になるならオレからの餞別だとでも思いなよ」
そのあっけらかんとした言い方は本音だと思っていいのだろうが、僅かにある申し訳なさがこんな言葉を彼女に言わせる。
「このまま日本に行くつもりではいるけれど、いずれはここに帰ってきたいと思っているわ。その時にはもっと面白い話を聞かせてくれる?」
「…望みのままに、お姫様」
クロームは黙ったまま例の重い扉を開き、何もなかったように姿を消して行く。廊下にコツコツと響く遠ざかるヒールの音を聞きながらベルフェゴールはそっと目を伏せた。
「気を付けて、レディ・クローム」
再会の意志を証明するためか…二人の間に別れの言葉が交わされることは最後までなかった。
 
 
 
 
END
 
 
 
 
イメージソング   『ここではない、どこかへ』    GLAY
更新日時:
2007/10/01
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Last updated: 2010/7/31