REBORN!

18      cat walk   (XANXUS×凪)
 
 
 
 
 
 ぴくりとも動かぬ 大きな膝の上に寄り添いながら
 ただ黙って『何か』に想いを巡らせている少女
 この深い闇の中で 眠るわけでも 話をするわけでもなく
 素直な藍色の毛を持つ それでいてひどく気まぐれな子猫のように
 
 
 
 
 どこででも見かけるような平凡な娘
 道ですれ違う程度なら その存在を気にとめることもなかった筈だ
 それでもやがては身も心も闇に魅入られるような
 そういう世界に引き込まれる人間だったのだろう
 自らそれを望んだか それとも巻き込まれたのか
 表情に色濃く刻まれた影と 冷たい手
 非力な自分を追いつめる 冷静な第三者としての虚ろな視線
 それらは負である『何か』に魅入られても不思議ではないほど美しかったからだ
 
 
 
 
 …もしかしたら 似ているのかもしれない
 なぜそのように思ったのか 今となってはきっかけさえ思い出せないけれど
 胸に熱いものを秘めていながら それを表に出さぬよう必死に隠し 燻らせて
 それらの行為が琴線にふれたせいなのか 
 それとも失うものさえない者同士が共鳴し合ったからなのか
 ふと視線を交わした瞬間 互いが墜ちた絶望の底は 至上の楽園へと姿を変えた
 
 
 
 
 日付が変わり 宵闇が最も深くなる時間
 背後にかけてあったコートを手に立ち上がる
 机の引き出しから取り出したのは すでに重みさえ感じないほど馴染んだ二丁の銃
 これまでその中に弾丸を込めたことはなかった
 「…おしごと?」
 かすかな空気の流れにさえ引きちぎられそうなほど小さな声
 それまで俺が座っていたソファの上で 膝を抱えながら丸くなっている姿が見える
 だからといってその問いに答えるつもりはない
 「私もお手伝い出来ればいいのにね」
 小さな唇から出てきた言葉を チッと吐き捨てた
 「お前にはそうする必要はないだろう」
 「うん…」
 「ふんぞり返ったまま命令を出し その成果を待つのが幹部の仕事だ」
 特別な意味はないのだとわかっていながら
 それが妙に心に引っかかり 苛立ちを覚えてしまう
 しかしそんなやりとりをしている間に 手袋をはめた手でドアノブを回していた
 「なにも出来ない分 いい子で留守番をしているわ」
 廊下に出で扉が閉じられる直前 そんな寂しげな声が聞こえたような気がした
 
 
 
 
 闇の中では血の色さえ黒に染まる
 それらも体内から流れ出てしまえば 単なる水分に過ぎなくなる
 しかし仕事柄無条件に浴びねばならないそれを
 不快に思うようになったのはいつからだ
 「う゛ぉぉい 終わったぞお」
 「あーあ カンタン過ぎ つまんねーの」
 もう動くこともない 屍と化した肉体
 どうするべきかわかっていながら それでも部下たちはボスの指示がなければ動けない
 「どうしますか ボス」
 「適当に処分しておけ」
 「はっ」
 一言いつものセリフを口にすれば 仕事は終わる
 そして殺した相手の素性も その瞬間に脳裏から消え失せる
 コートを翻して背を向けてしまえば その場を振り返る必要もない
 
 
 
 
 (私もお手伝い出来ればいいのにね…)
 ふいに先程のあいつの言葉が蘇ってくる
 そんな甘えるような声に限って 体にまとわりついて離れない
 「…バカが」
 お前にこの仕事が出来るわけがないだろう
 相手に対して特別な感情を持つわけでもなく
 ただ呼吸をするかのように自然に人を殺めてゆくことなど…
 道を歩く猫の命を救うために 命を投げ出してしまうようなお前には
 
 
 
 
 アジトに戻り、すぐに自室の扉を開ける
 暗闇の向こうから一番最初に目に入ったのは 例のソファーだった
 その上で体をむき出しにしたまま 体を丸めて眠っているのは…
 「おかえりなさい」
 僅かな気配を感じたのか 寝起きのぼんやりした顔のまま立ち上がろうとする
 「ずっとそこにいたのか」
 「うん」
 随分とご苦労なことだ
 この部屋には数歩歩けば幾人の人間が横になれるベッドもあるというのに
 「お前の言う『よいこ』というのはそういうことか?」
 別に部下と同じような忠誠心を求めているわけではない
 そう思ったせいか 苛立ちと棘が言葉の中に籠もる
 「ちがっ…」
 「ならば何を言いたかったか言ってみろ」
 ハッとした瞬間の顔は酷く傷ついたかのように見え
 それでも小さな声は少しずつ言葉を選びながら
 「何度もベッドの方に行こうと思ったの…でもあそこは広すぎて」
 「……」
 「一人でいると寂しくて でもそれは私だけではどうしようもなくて」
 
 
 
 
 それまでずっと胸の中に封じていた言葉
 たとえ誰かに仮の命を与えられたとしても
 仲間という存在が出来ても
 ファミリーの幹部の一人として名を連ねたとしても
 幼い頃から身体に染みついたかのように拭えずにいた孤独感 
 でもそれを誰にもわかってもらえぬまま  打ち明ける勇気さえ持てずにいた
 それが口に出来たと言うことは 少しはここに慣れたのだと思っていいのだろうか
 
 
 
 
 僅か数歩進むだけで近くにたどり着けるほどの距離を
 まるで駆け込むかのように大股で歩いてゆく
 そしてこれまでも大した重さを感じたことのない身体を強引に抱き上げた
 「えっ? えっ?」
 「…黙っていろ」
 「でも…」
 突然の出来事に腕の中で違和感を感じているのだろう
 うつむきがちな子猫の額に 小さな口づけを贈りながら
 「お前は返り血を浴びた俺の身体に抱かれるつもりか?」
 「!?」
 
 
 
 
 全身を激しく打ち付けるシャワーの雨の中で
 それでもそこで交わす口づけはひどく甘く
 「大好き…」
 ぽつりぽつりと出始めた本音の言葉に応えるには
 今宵一晩かけて全身を使う必要があるだろう
  
 
 
 
 
 END
 
 
 
 
イメージソング   『しあわせなからだ』   Dreams Come True
更新日時:
2007/11/24
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Last updated: 2010/7/31