REBORN!

16      ありがとう   (クローム髑髏&…)
 
 
 
 
 
薄い布団の感触 室内に充満している消毒液のにおい
生と死のつながりを示すかのような規則的な電子音
全てを諦めていた自分でさえ これらの存在が大嫌いだった
 
 
 
 
誰にも想ってもらえない自分なんて このまま終わってしまった方がいい
ずっとそんなことばかりを考えていたから
 
 
 
 
…あの人の手を取る直前までは…
 
 
 
 
「どうして? どうしていつまでたっても目を覚ましてくれないの…」
「落ち着いてイーピン きっと大丈夫だよ」
 
 
 
 
それはすすり泣く女の子の小さな声
彼女のすぐ側には不安げに それでも必死に慰める男の子の声
 
 
 
 
「でも他のみんなはもう目を覚まして動いているのに! 京子さんやハルさんだって…なのにどうしてクロームさんだけ…」
「入江さんがバズーカを至近距離で打ったって言っていたから その影響じゃないかな」
「ランボは脳天気過ぎるの! もしそうなら私 入江さんのことを本気で恨んでしまうかもしれないわ」
「そんなこと言ったって…俺だって心配…心配…ヒック ヒック」
 
 
 
 
泣かないで
どうか私のために泣いたりしないで
その気持ちをどうしても伝えたくて なけなしの勇気を振り絞って
ゆっくりと目を開けたその先にいたのは…
 
 
 
綺麗な目に涙をいっぱい溜めているのは 三つ編みとチャイナ服の可愛らしい女の子
不安げな眼差しを向けているのは 柔らかそうな巻き毛の間に角をつけたイタリア人の男の子
 
 
 
 
「クロームさんッッ!!」
バッと抱きついてきた彼女のことを 腕を伸ばして受け止めた
愛おしさのあまり本当はギュッと強く抱きしめたかったけれど 上手く力が入ってくれない
「良かった 無事に目を覚ましてくれて…このままだったどうしようってずっと思っていたんですよ」
「ごめんね…いっぱい心配をかけてしまったのね」
「大丈夫ですか? 俺たちのこと分かります…?」
小さい頃が嘘のように優しく繊細な成長を遂げた彼にかける言葉は
「もちろんよ 私の可愛い先生」
彼が私に教えてくれるイタリア語の意味が相当アレなものだったとみんなが気がついた時
特にイタリア育ちの隼人が赤面しながらガッチリ説教したことが つい昨日の出来事のよう
 
 
 
 
「なんかここにこられてホッとしたような気がする…」
「クロームさん?」
「過去に戻った十年前の『私』は 今ここにある未来を『選んだ』のね」
 
 
 
 
骸様の奪還に失敗して 追ってくるであろう復讐者の影に怯える日々ではなく
大切な人たちに囲まれて その人たちと共に生きてゆく幸福な日々
 
 
 
 
その言葉を聞いた二人の天使は 互いに顔を見合わせた後 にっこりと笑った
「「あたりまえじゃないですか そんなこと」」
「あの日 ここであんまんを一緒に食べて以来 私たち親友だったでしょう?」
「どんなことがあったって俺たちの関係は変わりませんよ 今までも…そしてこれからもずーっとね」
 
 
 
 
それは医務室の賑やかな声を察したみんなが
大慌てで駆け込んでくる数秒前の出来事
 
 
 
 
 
 
 
 
 
みんなと一緒に外に出て 眩しい日差しと爽やかな風を一身に浴びる
白蘭を失ったこの『世界』はまだまだ不安定だったけれども
それでも失った何かを埋めるべく 新しい何かが始まる高揚感で満ちている
悲しい運命は終わりを告げて これから私たちの知らない未来が始まるように
ここにいないボスは 今 静かにその瞬間を見届けているのだろう
 
 
 
 
私の前をゆく男性陣の中に 珍しい人の背中を見つける
…あんなに群れることを嫌っていた人なのに
でもそれは彼の興味が少しずつ並盛からはみ出していって
ボスや私たちのいる世界に近づいてきた結果なのだと思う
 
 
 
 
「待って 雲の人!!」
 
 
 
 
こう呼ばれて彼が嬉しくないことは知っていた
でも私は他に彼の呼び方をまだ知らない
 
 
 
 
「…なんの用?」
 
 
 
 
 
振り向いた彼の眉を潜めて睨み付けるような表情
思いっきり不快なんだろうなと思いつつ
それでも今は負けるわけにはいかないの
そう この記憶が『なかったこと』にされてしまう前に
 
 
 
 
「急に呼び止めてごめんなさい でも私 あなたにお礼を言わなくちゃってずっと思っていたの」
「お礼?」
「あの時は命を助けてくれてありがとう」
 
 
 
 
骸様の命がとぎれたとき 内臓を補う幻術を失った『あの時』の私は まさに瀕死の状態で
この人が助言してくれなければ 未来の世界で死んでしまうところだった
その時の感謝の気持ちを伝えようと思いながら 結局はここまで言えないままだった
 
 
 
 
 
「…いいよ 別に」
「でも!」
「命を救われたのは多分僕も同じだ だから別に礼なんていらないし 必要ない」
「私が…あなたの命を?」
「覚えていないならそれでもいい」
 
 
 
 
ふいに途切れてしまった会話が切なく感じられる
どうしてこう上手に受け答えが出来ないのだろうか
自己嫌悪のあまり 子供のように俯いてしまった私の上へ 急に言葉が降りかかってくる
 
 
 
 
「そういえば僕も君に言いたいことがあったよ 『ずっと』ではなく『たった今』だけれどね」
「今の私…に?」
「そう 君の今の髪のことだけれども」
「髪!? 私の髪なんか変?」
「いや そうじゃなくて」
 
 
 
 
 
僅かに数歩 こちらへと歩み出て 口元を耳ギリギリまで近づけながら
 
 
 
 
 
「そっちの方がずっと似合っている」
 
 
 
 
ーあ 私この人の笑った顔を見たの 初めてかもしれない
 
 
 
 
END
更新日時:
2010/04/30
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Last updated: 2010/7/31