REBORN!

14      生きろ   (雲雀恭弥&クローム髑髏)
 
 
 
 
 草壁哲矢に促されながら医務室を出てゆく沢田綱吉は、それでも僅か数歩の距離を何度も何度も振り返っていた。自分一人に現状の全てを任せるのは不本意な気持ちもあるのだろう。しかし不安を隠せないという点では、彼は相手が獄寺隼人だったとしても山本武だったとしても同じ反応を示したに違いない。パタン…と閉じられた扉の音に深く息をついた雲雀恭弥は、改めて自分の手のひらに頭部を支えられた少女へと目を向け、静かに語りかけた。 
「誰だかわかるかい?」
 憔悴しきっている彼女は自分へと視線を合わせるのにも苦労している。一糸纏わぬ姿を曝している筈が、最早それが恥ずかしいとさえ思えないようだ。
「ひば…り…きょ…や…」
唇から漏れた言葉は耳にようやく届くほどに小さい。本来ならばとっくの昔に死に瀕していておかしくない状況なのに、クローム髑髏と名乗る少女の意識は思いの外はっきりしているようだ。雲雀は彼女の指でほのかな藍色の輝きを放つリングを見つめる。
(これが彼女自身の炎と同化して、ギリギリのところで命をすくい上げているのか)
このリングの正当な持ち主は別な人間の筈なのに、何故かリング自身は彼女をこのまま失うことを良しとはしていない。その態度はまるで姫君に仕える忠実な騎士のようで、指輪の持つ謎を更に深く掘り下げてくれる。
「そうだ。君は今、状況をどのくらい理解している?」
 彼女の虚ろな眼差しが少しずつ動き始める。雲雀の顔をじっと見つめていたかと思うと、やがて医務室の出入り口へと移ってゆく。僅かな間にそれは何度も繰り返された。自分の手を握って必死の形相で叫んでいた沢田綱吉はリング戦当時の姿をそのまま止め、なのに目の前にいる雲の守護者はかつての風紀委員時代とは大きく姿を変えている…混乱するのも無理はなかった。しかし同時にあの不気味な容姿と性癖の男の言葉がクロームの脳裏に響いてくる。
(まさか再び相まみえるのが十年前の姿とはな)
(しかし十年前がこうもガキとは…)
それらの記憶がまるで謎という名のパズルのピースを埋めていくような気がした。元々聡明で頭の良い少女は一瞬で現実を理解する。
「ここ…は…あの並盛じゃないの…ね」
「十年後の未来だ」
「そん…な…」
 彼女にとっては悪夢のような話だろう。いや…悪夢だったならどれだけマシだったかわからない。夢ならばいつかは覚める事があるのだから。しかしこれは巻き込まれた以上防ぎようがない現実の話なのだ。
「今のボンゴレは他のファミリーからの攻撃を受けて本部が壊滅状態に陥っている。沢田綱吉を初めとする数人の守護者が過去からやってくることも、連中の計画の一つらしい」
「ど…して…」
「敵の目的はボンゴレリングだ。この時代では指輪も単なる守護者の称号という扱いではないものでね」
 争いを好まぬボンゴレ十代目は、敵の目的を初めからなかったことにしてしまえば諦めてくれると思ったのだろうか。なのに現状はより最悪の方向へと進んでいる。
「ボンゴレ狩りについては何か?」
雲雀の言葉にクロームは首を横に振った。
「奴らはボンゴレの本部を壊滅させただけでは飽き足らないらしくてね。十代目や守護者にとって近い人間を次々と狩ってまわっているようだ。犠牲者もすでに二桁・三桁といった報告がされている」
 草壁から初めてその話を聞いたとき、あの雲雀でさえ、その残酷なやり口に思わずチッと舌打ちをしたほどだった。敵はこれでボンゴレ十代目の感情を徹底的に揺さぶり、過去から無関係の友人や子供たちを一緒に召還したことで、彼ら・彼女らを守るため強制的に自分たちとの闘いの舞台へと引っぱり出したのだ。
「そんな、犬…千種…」
クロームの脳裏に逃げまどう二人の仲間の姿が浮かんできた。果たして無事でいるのだろうか? 骸でさえ行方を眩ませてしまった今、そのことを目の前の人に聞くのも怖くてたまらない。
「多少暴れる程度ならば見逃すことも出来た。だが連中は色々とやりすぎているようでね、並盛で好き放題されるのは僕の本意じゃない。君にも力を貸してもらうよ」
「わ…たし…?」
「そうだ。六道骸が姿を眩ませた以上、ボンゴレの霧の守護者として君が立つんだ」
 もし雲雀の言葉が全て真実であったのなら、自分も闘いに参加するべきだとクロームは思った。実際こうして動けないままの自分が歯がゆく感じられるほどだ。最も信頼できる存在として骸・犬・千種の幻を呼びだしたことはあったが、ボンゴレ十代目である沢田綱吉もそれに足りる人物だったし、勝手だと思いつつ他の守護者たちにも親近感は抱いている。しかし…。
「でも…あの人が…いな…い…」
十代目に仕える霧の守護者は歴代のどれと比べても特殊な存在だ。精神と能力を共有している二人の内どちらかが消えればそのバランスが大きく崩れることになる。これまでも会話が出来ない状況に陥ったことはあったが、自分の中から骸の気配が完全に失われた今、幼い自分に一体何が出来るというのか。
 彼から「情けない…」という一言と共に、あのトンファーで殴られてもおかしくないと思った。体も恐怖を感じるのか、キュッと固まってゆく。しかし雲雀の自分を見つめる眼差しは温かく、出てきた言葉も実の妹を励ますような優しさを帯びていた。
「それでも、もう君にこのことを断る権限はないよ」
雲雀はクロームの肉体をベッドへと戻し、自分自身の『増殖』の能力で彼女の肉体を藍色の炎で包み込んでしまう。
「…それに、六道骸はまだ死んじゃいない」
「えっ…?」
「6弔花の一人を倒したことで油断もあったんだろう。自分一人でミルフィオーレのボスの元に突っ込んでいった可能性がある。こんなに都合のいい人質候補なんてそうザラにいるものじゃない…適当に痛めつけられた上に監禁されていたとしたらどうする?」
それがまるで雲をこの手で掴むような話だということは雲雀にもわかっていた。しかし彼女の瞳にほんの僅かでも生気が蘇ったことを決して見逃さない。
「ボンゴレリングの力は持ち主である守護者の真意に由来する。こうして君が僅かながら命の保障をされているのにも必ず意味があるはずだ。君がここで闘う意志を示せば、リングがあの男の元に必ず連れていってくれるだろう」
 彼の手を伝って温かな力が入り込んで体中に広がるのがわかる。再びベッドへと体が収まる頃には吐血も完全に止まり、内臓の状況も安定したように感じられた。静かに目を伏せたクロームの脳裏に、ふと『あの時』の光景が蘇ってくる。
(凪…僕には君が必要です)
柔らかな日差しと深い緑に囲まれたあの美しい世界で初めて彼と出会った瞬間のことが切なさと懐かしさを伴って小さく不完全な胸に迫ってくる。
「今はその時がくるまで休んでいるといい。ただ夢の中であの男が何らかのサインを送ってくるかもしれない。その時はここにいる連中に必ず話すことだ…いいね」
言葉自体はとても素っ気ないのに、あの時と同じ優しさをこの人に感じるのはどうしてなのだろう。意識が闇の中へと沈み込む直前、彼女は雲雀に向けて小さく頷いていた。
 
 
 
 
 医務室から廊下へと足を踏み出すと、向かい側の壁に腹心の部下が寄りかかっているのが見えた。
「どうやら無事に終わったようですね」
この男とは並盛中風紀委員会時代からの長い付き合いになる。今更その問いへの返事など必要あるはずもない。だが…。
「…哲」
「はい?」
「僕はいつから甘い励ましの言葉を吐くようになったんだろうな」
 突然未来の殺伐とした世界の中で、わけがわからぬまま戦闘に巻き込まれたのだ。体と同様にボロボロになった心のケアも必要になるだろう。そんな中で彼女の気持ちをこれからへと向けなくてはならない。しかしそれをわかっていながら、それでも安易にあの男の名を口にしたくはなかった。唇を噛みしめる雲雀の横顔を見ながら、草壁は静かに首を横に振った。
「例えどのような手段であったとしても、死の淵に立つ少女を救いたいと願うのは、人としての性のようなものなのでは?」
あの目でギッときつく睨まれても彼の口元には微笑みが浮かぶ。
「申し訳ありません、失言でした」
 雲雀はそのまま背を向けると、自分のアジトに向かって歩き始める。
「後はまかせるよ」
「はっ。ボンゴレ十代目への報告と、クロームの内臓を補える術士の捜索ですね」
霧の指輪と同化させたとはいえ、今すぐに彼女を動かすことは出来ない。5日後の敵アジト突入に加えることは不可能だろう…しかしクロームを戦力外通告出来るほど余裕のある状況でもないのだ。高い能力を有する術士を探し出して共に闘うよう説得する必要があった。あの男ほどの力の主を見つけるのは容易ではないし、見つかってもボンゴレへと引き入れられるかはわからないが、こちらとて言うことを聞かせる手段はいくらでも心得ている。
 自分とは反対の方向へと遠ざかる靴音が聞こえなくなると、雲雀はスーツのポケットから何かを取り出した。指先ほどの大きさの機械が赤く点滅している。初めて見るものだが、おそらくは敵の手によって放たれた発信器だろう。自らの立場を示すグリチネの花をわざわざ形にしているあたりは、趣味も悪ければ頭も悪いらしい。ただ地下にあるアジトがすでに敵に知られている可能性は高かった。
(抜かりのない男だ…)
 やられ役ならばやられ役らしく無様に散ればよいものを…以前に情報網に引っかかってきたグロ・キシニアの顔を思い出すと、全身の毛穴から不快感が吹き出してくるような錯覚を覚える。しかしだからといってこれをアジトの中に入れる切欠を作ったクロームや笹川了平を責めるわけにはいかない。彼らとてヘルシーランドから脱出してくるだけで精一杯だったはずだ。
(しかしそのわりに向こうからの攻撃反応はない。まさかこの発信器に気がついていないのか)
指先で発信器を弄びながら、雲雀は唇を噛みしめる。
 しかし裏を返せばこれもまた幸運の一つだと言えなくもなかった。グロ・キシニアはミルフィオーレ幹部の中でも、その力のわりに存在を軽んじられているところがあった。おそらくは病室にそのまま放置された状態で、まさかこのようなお手柄をしているとは思われていないのだろう(それもまた六道骸の思惑の内だったかもしれないが)。ほんの少し残された時間的余裕…いずれは発信器の存在に気がつき、攻撃を仕掛けて来るに違いない。だが雲雀にとってはそれで充分だった。群れ集う敵をおびき寄せる場所さえあればいかようにも出来る。雲の守護者として世界中を巡る機会があったとしても、彼はあくまでも並盛の住人であり、そして主なのだ。 
「面白くなってきたようだ」
今後の策を講じながら楽しそうに笑う彼の脳裏には、六道骸の名前さえすでに綺麗さっぱりと消え失せていた。
 
 
 
 
END
 
 
 
 
イメージソング   『熱き鼓動の果てに』   B’z
更新日時:
2008/04/21
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Last updated: 2010/7/31