REBORN!

13      未完成   (マーモン&クローム髑髏)
 
 
 
 
 コツコツコツ…むき出しの部分も多い乱雑とした廊下を、3人の女性が縦に並んで歩いている。先頭をアジトの中に詳しいビアンキが立ち、その三歩後ろをクロームが慎重な面もちで続いていた。これから何が起こるのか…自分はどうなってしまうのか…不安で押しつぶされそうなクロームの側を、可愛らしい中国人の少女が慰めるように明るい顔で駆け回っている。
 それにしてもいつになったら目指す場所に辿り着くのだろう。長い廊下を歩いたかと思えば、突然階段の上り下りに遭遇し、数え切れないほどの角を曲がり、時にはエレベーターを利用し…修行の前にくたびれてしまいそうな感じだ。途中で一息つかせるつもりで、ビアンキが立ち止まってくれた。
「随分と広いアジトでしょう? これでもまだ6割程度しか完成していないのよ」
「これよりもっと広くなるんですか?」
流石のイーピンも驚いたのか、クロームと顔を見合わせる。
「あとでナビを渡しておくわね。ジャンニーニの特製よ」
 フフッと笑みを浮かべる美女の姿を見ていると、クロームの顔までサッと赤く染まる。今まで母親の職業柄若い女優やモデルを沢山見てきたが、ここまでの美人にはお目にかかった事がないからだ。そんな人が『毒サソリ』と呼ばれる殺し屋だなんて…隣にいる小さな『人間爆弾』と同様に、そのことが未だ信じられないような気がする。
 思えばビアンキはクロームの表情が僅かでも緩む瞬間を待っていたのだろう。その場で素早く話題を切り替える。
「訓練に入る前に話しておきたいことがあるの」
ビアンキの声はとても優しいものだったが、周りを取り囲む空気は張りつめていて一瞬でも気が抜けないような雰囲気だった。クロームは僅かに固い表情のまま三又槍を握りしめると、黙ってコクンと頷いた。
「あなたがリング戦で闘った小さな術士の事よ」
「マーモンの…?」
「ええ、そうよ。いつまでも黙っていられる事ではないし、それなら私の口から説明して欲しいとリボーンからも頼まれているの」
 黒衣に身を包んだヴァリアーの術士の事だ。そういえばあの金髪の男の人は、マーモンの残したプログラムを用いて修行すると言っていたから、本人が直接訓練の相手にするわけではないようだが…。
「マーモンはね、亡くなったのよ」
「え…?」
その言葉にクロームの体がビクッと震え、そのまま凍り付いたかのように固まってしまった。
「しかも自ら命を絶ってね」
「うそっっ!! …あっ、ごめんなさい…」
突然出してしまった大声を恥じるかのように、クロームはそのまま俯いてしまった。あまり嬉しくないニュースを伝えなければならないビアンキの苦しみもまた、わかっていたからだ。
「でも信じられない…だってあの子なら…」
 自分たちは数日前にリングを巡って闘った関係に過ぎないし、アルコバレーノの事も全てを知り得ているわけでもない。でも彼は常に自分を守る余力を残しているような印象があった。命根性が汚いというのは言い過ぎかもしれないが、彼ならば必ずその場から抜け出す術を持ち合わせていた気がしてならないのだ。
「でもまだ彼らが生きている可能性がないわけではないわ。特にマーモンが優れた術士であることを考えたら…」
ビアンキはクロームの肩に手を置いて優しく語りかける。
「リボーンも私たちもまだそのことを信じているの」
「私たちが前に進むことで、全てが明らかになるかもしれないんですね…?」
「ええ。その為にも私たちも全力を尽くすわ」
「どうぞよろしくお願いします」
初めて師と呼べる存在になった二人の女性に向かい、クロームは改めて深々と頭を下げた。
 
 
 
 
 またしばらくは廊下をひたすらに歩く時間が続いた。それでも先程までは曲がり角の数を数えてみようかという余裕はあったが、今は亡くなったというアルコバレーノの事ばかりが思い浮かんでくる。
(あの子がもういないなんて…)
もちろん相手が真っ当な人間でないことはわかっていたが、それでも小さな赤ん坊の姿をした者が何者かに追いつめられてゆくのは決して気分のいいものではなかった。
「着いたわ…ここよ」
 ビアンキの声にハッと我に返った。どうやら考え事をしている間に修行の出来る場所へと到着していたらしい。しかしいざ目を向けてみると、なんの変哲もない白い扉な事に驚かされる。
(でも本当に重要な場所だからこそ、こうしてなんでもないような外見にしているのかもしれない…)
そう思いこもうとしている間にビアンキが先に立って自動ドアを開けた。
「お入りなさい」
「わあ…っ…」
 年の差のある二人の少女は一斉に感嘆の声を上げた。そこには地下とは思えぬほどの広いスペースが取られていたからだ。おそらく守護者全員が大暴れしたとしてもまだ余裕があるのではないかと思えるほど…しかし四方の壁にはコンピューターらしき装置がぐるりと囲んでいる。
(あれがきっと幻術を鍛えるためのプログラム…)
マーモンが自ら手がけたということは、相当いわく付きだと思って間違いないだろう。でもまだ半人前の自分にこんな大がかりなものが扱えるのだろうか。
「クローム、こちらへ」
「あっ…はいっ」
 ビアンキはこういった作業に慣れているのだろう。手早く電源を入れてコンピューターを立ち上げてくれる。クロームが側まで寄ってゆくと、突然室内の電気全てを消してしまう。
「えっ?」
「…大丈夫よ」
ビアンキは耳元で優しくそう言うと、そのまま闇に紛れて背後の彼方へと行ってしまった。後ろで待っていたイーピンと話をしているようだが、異国の言葉はクロームにはわからない。このまま立っていればいいのか、それともどうするべきか呼びかけていいものなのか。真っ暗な中考え込むクロームの前に、美しい藍色の光がポゥと浮かび上がってくる。そしてそれはやがて彼女のよく知る人物を形作る事になる。
「…久しぶりだね、クローム髑髏。僕の事は覚えていてくれているかな」
 黒衣のアルコバレーノはクロームの知る姿のままそこに存在していた。頭の上には巻きガエルのファンタズマも乗っている。
「マーモン!!」
慌てて駆け寄って手を伸ばすが、それはむなしく空を抱くだけだった。
(…ホログラム…)
「といっても君にとってはあのリング戦が数日前の出来事に過ぎないんだっけね」
先程ビアンキの口から彼が死んだと聞かされたばかりだ。目の前にあるのが儚い幻であることは分かり切っている。しかしだからこそ後悔の念が止めどなく溢れてくるのだ。彼に対して未来の自分は本当に何も出来なかったのだろうかと。
 目の前のマーモンとは意志の疎通は出来るはずもない。それでも小柄な少女の心情などとっくの間に見抜いていたのだろう。次に彼の口から出た声は信じられぬほど優しかった。
「こうして映像越しでしか会えないということは、僕らに最悪の状況が起こったということだ。でもいつかはアルコバレーノの存在に目をつける奴はいると思っていたからね…出来ればそれまでに呪いを解いておきたかったけれど。このことは君のせいじゃない。だから決して泣いてはいけないよ」
「マーモン…」
「面倒だけれど、まあここでボンゴレ十代目に恩を売っておくのも悪くはないだろうさ。少なくとも六道を巡るなんてふざけた奴よりは、君を相手にした方がましだろうしね」
 散々毒舌を吐き続けた後、突然胸を張るかのように体をそらし、頭を上へとあげて見せる。これから何かが始まる…そう予感させるような行為だった。
「さて…ボンゴレ十代目から言われているのは、出来るだけ短い期間で完成されるようなプログラムにして欲しいということだった。それは今がよっぽど切羽詰まっている状況だからだと思っていいのかな?」
クロームは頷く以外のことが出来なかった。自分たちに残された僅か10日という猶予さえ、敵からの温情で与えられたものなのだ。そのうちの数日を休息にあてることを仕方ないとは思いつつ、戻らない時間を悔いている守護者は自分だけではないだろう。
「一から教えたいことは山のようにある。でも時間がなくてそれが叶わないのなら、悔しいけれど君の元々ある能力を利用せざるを得ないだろうね。ただこれだけは言っておくよ。僕が君を育てる上での最終目標は…君を六道骸から引き離すことだ」
 突然の言葉に、「だめっ」という大声が口からついて出そうになった。慌てて引っ込めたものの、その衝撃はあまりにも強い。骸の気配は消え失せたものの、だからといって互いから簡単に離れられるものではないのだ。自分の中には常に彼がおり、その能力を使うことが全てだったというのに。
「今更出来ないとは言わせないよ。まさか敵が君たちの力にあわせて挑んでくると思いこんでいるんじゃないだろうね? 君たちは過去から来たと言うだけですでに大きなハンデを背負っているんだ。敵が決して知り得ぬ力を短時間で身につけること…これくらいのことをしてもらわなければ、過去から人間を呼び寄せた意味がないだろう」
(確かにそうかもしれない…けど…)
「六つの能力の内、五つまではある程度の分析と強化は可能だと思われる。そこから君は自分自身の闘い方を見つけだすんだ。唯一修羅道に関してはわからないことが多いけれど、僕の古い友人に格闘の専門家がいてね。奴の愛弟子がアジトにいるようだから力を借りるといい」
 一通りの説明が終わったのだろう。部屋の中に奇妙な静けさが広がってゆく。この状況では後ろに控えている五歳の女の子さえ声を出すことは出来なかった。もう後戻りの出来ぬところまで来てしまった…誰もがそう思っていたに違いない。
「ここからは見えないけれど、今の君はきっと自信なさげな顔をしているんだろうね」
立体映像からの言葉が胸に鋭く突き刺さってきた。これからのことを思うと自ずから声も体も…三又槍を握る小さな手すら震えてきてしまう。
「マーモン…」
「君の気持ちはなんとなくだけれど理解できている。それにこんな短い時間でどれだけのことが出来るかなんて、僕が実際にその場にいたとしてもわかりはしないよ。ただ僕は時間と金を無駄にすることが何より嫌いでね」
 その言葉を聞いたクロームは、ハッと我に返ったように頭を上げて彼を見つめる。数日前とはいえ未だ強く印象に残る本人の性分が、脳裏にまざまざと浮かんできたからだ。
「例えボンゴレ十代目からの依頼だったとしても、全く意味のないことなら引き受けたりはしないさ。君は必ず強くなる。そのことは実際に闘った経験のある僕が誰よりもわかっている…それこそ六道骸以上にね」
「うん」
もちろんクロームに骸を愚弄するつもりは少しもない。しかし彼の気配が完全に途絶えてしまった今、この小さな黒衣の師匠の師事を仰いだのなら、闘う上で何か重要なものが見えてくるような気がするのだ。それはまるで『絶望』という箱の底で密かに光を放っていた一欠片の『希望』のように。
 
 
 
 
 「それじゃ、始めようか」
 
 
 
 
END
 
 
 
 
イメージソング   『扉』   GReeeeN
更新日時:
2009/10/20
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Last updated: 2010/7/31