REBORN!

11      崩壊   (XANXUS&ルッスーリア)
 
 
 
 
 
 室内にある柱時計の音が耳障りに感じられるほど静かな夜だった。暗い色調の部屋には満足な灯りもなかったが、背後で月が眩しい輝きを放ち、手元のスタンドライトの光をブランデーグラスが反射させながら独特の模様を作り上げている。三つの光の和の中で机上には目を通すべき報告書が山のように積まれてはいたが、満足出来るような内容のものは何一つなかった。ボンゴレの上層部が壊滅状態の上、それにつられるように同盟ファミリーも次々と倒れているというものがほとんどだ。世界中の言語で書かれたそれらに共通しているファミリーの名はミルフィオーレ。『千の花』という意味を持つらしいが、それらは人間の血を吸って咲き誇る種の花であるようだ。随分と趣味の悪い話だ…この部屋の主であるヴァリアーのボスはチッと軽く舌打ちをする。
 ボンゴレといえばマフィアの世界でも決して砕かれぬ壁の代名詞だった筈。まさか名も聞かぬ新参者によってここまで追いつめられようとは想像したこともなかった。しかもガラガラと音をたてて崩れるわけではなく、まるで砂の城が波にさらわれてゆくように儚く…だ。
「下らねぇ」
そう呟くザンザスの声にも力はなかった。立場的に遠く離れた位置でしかボンゴレを見られなくなったからでもあるし、年を重ねる事で最早組織の頂点に立とうという若い情熱が薄れてきたせいでもある。それに元々ヴァリアーはボンコレ直属の暗殺部隊でありながら、独立した組織でもあった。万が一の事があれば自分たちから断ち切って新たな組織として立ち上げることも容易に出来る。その為には行方のわからない9代目の指示を待ちつつ、切り離しのタイミングを計ることも考えなくてはならない。どちらにしろ大層面倒なことに変わりはなかった。
 突然コツコツと扉が叩かれる音が聞こえてきた。それ以上多くは語らぬ鉄の扉を睨み付けてみたものの、ノックの主はそんなことなど慣れっこだったようだ。 
「ハーイ、ボス♪ ご機嫌伺いに来たわ」
なんの遠慮もなく部屋に入ってきたのは頭にネオンのような飾り付けをしている男だった。くねくねさせている動きの裏に逞しい肉体が隠されているとは、ぱっと見た限りでは誰も気が付かないだろう。でもまるっきりの隙のなさは暗殺者のそれだ。
「カスが…何をしにきやがった」
「あーら、相変わらずつれないのね。そこがまた素敵なんだけ・れ・ど」
 オカマから投げキスをされて嬉しいわけがない。グラスの中身を山型の氷ごとぶちまけてやろうかと思ったが、自分はあの鮫を名乗る男とは違うのだと言いたげにルッスーリアは巧みに話題をすり替えてきた。
「実はうちの組織の下っ端さんたちから妙な噂が聞こえてきたのよ。それがどうも引っかかってね、是非ボスにお伺いを立てたいと思って」
「チッ、回りくどい言い方をしやがって。いいだろう、言ってみろ」
あくまでも自分の話は噂なのだと念を押しながら彼は語り始める。
「日本の黒曜ランドって建物知ってる? 行方不明になる前に霧の守護者たちがそこを根城にしていたらしいんだけれど、どうやらそこでミルフィオーレがドンパチやらかすみたいなのよ。しかもそこに6弔花も加わるってね」
 それまでルッスーリアと目を合わせることもなかったザンザスだが、流石にその名を聞いて正面を向かずにはおれなかった。
「6弔花が動いただと?」
ボンゴレにとっての守護者と同じ意味を持つミルフィオーレの幹部のことだ。合体した二つのファミリーからそれぞれえり抜きの先鋭が選ばれているのだと伝え聞いている。連中が動くということは、ミルフィオーレ自体が大きく動くと同意だ。
「ボンゴレ狩りなんて事をおっ始めたこの重要な時期に単独で行動を起こすのも変だとは思ったのよ。でもすぐにピンときたわ。あちらさんには雨のマーレリングを持った比類なき変態さんがいるんだってことをね。まあ本人は六道骸を倒して相当調子に乗っているみたいだけれど、実際獲物であるクローム髑髏には逃げられているわけでしょ? ああいうタイプって逃した魚に異常なくらい執着するから、相手が小さかろうが大きかろうが関係なく襲いかかるでしょうね。しぱらく行方をくらませていた可愛いお魚さんもそこにいる確率が高いはずよ」
ほんっと悪趣味よねー、と自分を棚に上げてルッスーリアは言い切った。
「でもまあこれは噂と私の推理が入り交じった話だし、でもこのまま放置しておくのも夢見が悪いじゃない? そこで日本にいるヴァリアーの一部を黒曜に配置して実際どんな感じなのか調べたいのよ。大至急ボスからの許可が欲しいと思って」
 確かに筋の通った話だ…話を聞き終えた後もザンザスは考え込む。しかしそれはまるで綺麗に整理整頓されたかのような話であり、本来の自分ならば不信感と共に切って捨てるような内容だった。ならば何故この話をそのように無視することが出来ないのか。それは持ち込んだ相手がルッスーリアだったからに他ならない。リング争奪戦で笹川了平に命を救われて以来、この男はボンゴレ十代目と守護者たちに親愛の情を寄せており、皆の行く末を誰よりも案じていた。もしこの男の耳に連中に不利な噂が流れたならば、間違いなくそれはザンザスの元へと届けられる。これがベルフェゴールなら最初から関心は持たないだろうし、レヴィならばザンザスの負担を減らそうと自分一人で動くに違いない。スクアーロならば好奇心のまま動いて事態をより混乱させるだろうが…それを偶然の一言で片づけてしまっていいものなのか。ザンザスにはそれらが全て以前より第三者の手で準備されたいたようにしか思えなかったのだ。
「奴が近くにいるな」
「奴? 奴って何? どこに…どこにいるの?」
ルッスーリアの体をくねらせて驚く様子がかえって芝居がかって見えた。当然それらの行動はアッサリ無視される。
「あの男は確か自身の武器で傷を付けた相手に憑依できると言っていたな。ならば間抜けな下っ端に成りすまして極秘にここへ忍び込むことなど容易だろうが」
 ボンゴレ十代目に仕える霧の守護者はおそらく歴代の中でもトップクラスに位置する最強の術士だ。リング戦の時にはアルコバレーノを文字通り赤子をひねるかのように叩きつぶしたことは未だ鮮明に思い浮かべることが出来る。
「でも六道骸は半年前にグロ・キシニア自身によって倒されたって情報が…」
「半年か。相手を有頂天にさせ、それをプライドごとぶっ潰すには丁度良い頃合いだな。随分と良い趣味をしていやがる」
ようやくルッスーリアにも事情が飲み込めてきた。結果としてはあの男に利用された事になるのだが、ショックを受けつつも全てが今更で怒りも沸いてこない。
「随分と面倒な手順を踏むのが好きな子ね。そんな男がお魚さんを自分自身で救い出す手段を考えていないわけがないと思うけれど、私たちを含めてあらゆる方面に保険をかけまくっているのかしら」
そう言って呆れたように肩をすくめる。
「さあな。惚れた女を徹底的に守り抜くつもりなのか、それとも小娘一人を囮としてこれからも延々と使いまくるつもりなのか…それはてめぇの趣味で決めろ」
 本音を言うのなら、ザンザスもルッスーリアも骸と関わり合いになりたくはなかった。人を自在に操る力を持つだけではなく、一見愛想の良さそうな顔の裏に『世界の崩壊』という野望を隠し持っている男である。どのような形であれ巻き込まれるのは御免被りたいところだろう。しかしそんな力でさえ今のボンゴレには必要なこともまた事実…もしこれが自分たちの上司にあたる9代目ならばどんな指示を出しただろうか。
「でもボス…もしそれが本当ならば最早噂なんて可愛い段階じゃないわ。あの変態の毒牙は確実にあの子の側に迫ってきていると思っていい」
ルッスーリアの声が細かく震えている。死体愛好家を自称している彼でも、まだ幼い顔をした少女が変態の餌食になるのは礼儀に反するらしい。
「例え霧の守護者の分身といえど、ここでリングの所持者を失うわけにはいかないわ。マーモンが死んだ今、霧の力を発揮できる高名な術士はもうあの子しかいないのよ」
 ザンザスは顔の前で手を組みながら考え込む。相手が6弔花ならば日本にいるヴァリアーを集結させたとしても一瞬で壊滅して終わりだろう。それに六道骸の真意はただクロームを助け出せばいいというわけではない筈だ。第三者の手で最も安全な場所に送り届ける必要がある。それはおそらくボンゴレ十代目の…。
「晴れの守護者はどこにいる」
「了平の事? 彼なら上層部からの命令を持って日本に向かった筈だけれど」
「奴に大至急連絡をつけて日本のアジトよりも先にその黒曜とやらに向かわせろ。守護者といえどボンゴレリングを持たない以上は6弔花と互角に闘える筈もないだろうが、入れ替わり前ならば小娘一人抱えて逃げることは出来るだろう。それからカス鮫あたりに日本のアジトに連絡を入れさせておけ。たとえボンゴレリングの反応があったとしても、そこから絶対に動くなとな。事情を飲み込めてもいねぇガキ共が駆けつけたとしてもリングを全て奪われて終わりだ。もし奴らがごねたとしたら、命令だと言って俺の名前を出してもかまわねぇ」
ここを訪れた際に期待していた以上の回答を得て、ルッスーリアの表情がパッと明るく変わった。
「オッケー、ありがとうボス!! 早速スクアーロたちにも知らせなくちゃ。忙しくなるわーッ」
 ただ一人の男が退室しただけだというのに、室内は一気に静まり返ってしまった。もちろんそれを寂しい事だとはまったく思わないのだが、それでも重要な言葉を発したかのような充実感は確かにあった。霧の守護者に利用された形ではあるが、憎き敵の組織に一矢報いたのは間違いない。
「…フン」
目の前の書類の束は相変わらずボンゴレにとって絶望的な内容しか示さない。しかしその中身が徐々に入れ替えられるもまた時間の問題だろう。雲の守護者が雷のマーレリング所持者を撃破したことは闇のルートを通じて世界中に広まりつつあるはずだ。そして霧の守護者によって嫌みなほどに整えられた計画は高い確率で実を結ぶだろう。先程自分が感じた奇妙な静けさは、もしかしたら崩壊の序章ではないのかもしれない…手のひらの熱で氷が解け、僅かに傾いたグラス内の光の向きを見つめながらザンザスは思う。そう、全ては嵐の前の静けさに過ぎないのかもしれないのだと。 
 
 
 
 
END
 
 
 
 
イメージソング   『白く染まれ』   WANDS
更新日時:
2008/09/29
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Last updated: 2010/7/31