REBORN!

10      待ちぼうけ   (XANXUS×凪)
 
 
 
 
 
 「なにかあったらすぐに電話するから 良い子にしているのよ」
 「うん!」
 「ボスやみんなの言うことをよく聞いてね」
 「大丈夫だもん だって私お姉ちゃんになるんだから」
 
 
 
 
 大好きな人からもらった額のキスと がんばって自分自身に入れた気合い
 それさえあればどんなことだって出来るような気がした
 いや 本当に本当に…本っ当ーにそう思っていたのだ
 少なくともあの時までは
 
 
 
 大好きなのはボス あったかい優しい手でいつも頭を撫でてくれる人
 お勉強を教えてくるのはちょっと怖い顔の嵐のお兄ちゃん
 でもがんばると終わりの時間に必ず美味しいキャンディをくれる
 晴れと雨のお兄ちゃんたちはどちらが『たかいたかい』をより高く出来るのかを日々競争中
 雄牛のお兄ちゃんと餃子のお姉ちゃんはいつも一緒に泥だらけになって遊んでくれる
 雲のお兄ちゃんも大好きだけど もっと好きなのは可愛い声で歌ってくれる黄色い小鳥
 …もし自分に泣きたくなるような出来事が起こったとしても
 その時はきっと夢の中で『むくろさま』が色々なお話をしてくれるだろう
 
 
 
 
 ボンゴレのみんなが大好きだから ママンがいなくても立派にお留守番が出来る
 「いってらっしゃーい」
 (本当に大丈夫かしら…)
 元気に手を振る様子を見ながら それでも複雑な心境を隠せないのは
 母親のカンとしか言いようがなかった
 
 
 
 
 「十代目ええええーーーーーっっっ!!!」
 「わっ なに? 一体なにがあったの?」
 「たった今子供部屋を覗いたんですが そこにいるはずのクロームんとこのチビが…」
 「あの子なら専属のナニィと一緒にいるはずだって聞いたけど」
 「それが一瞬目を離した隙に飛び出したらしく どこにも姿が見えなくて」
 「なっ ということは もしかしてマフィアがうろつくこの屋敷の中に3歳児が放置…?」
 「この俺がいながら誠に申し訳ありません十代目ッ!!」
 「獄寺くんッ そんなこと言ってる暇があったら守護者全員召集させて! ランボも雲雀さんも叩き起こしてかまわないから あと復讐者のところに行って骸を骸を骸を骸を」
 「落ち着いて下さい 十代目ェーッ」
 
 
 
 
 案の定 こういう展開になるのだった
 
 
 
 
 「えーとえーと…こっち?」
 角をいくつ曲がったとしても 見えてくるのは同じ扉が並ぶ風景
 「それともこっちかな?」
 まだ小さな女の子にとっては木々の見分けがつかない森の中に放たれたようなものだ
 遊び半分だった気持ちがいよいよ落ち着かなくなってくる
 「どーしよう 私迷子になっちゃったのかも!!」
 本人の知らぬところでボンゴレの守護者たちが集結している今
 『なっちゃったかも』では済まされなかったりするのだが
 「どうしよう…」
 疲れが出たのか 気がついた時にはその場にぺたんと座り込んでしまっていた
 こんな時に限って大人どころか人っ子一人通りかからないのは何故なのか
 誰かが通りかかれば『迷子になったの ボスのところに連れてって』と言えば済むことなのに
 不安がまるでゴム風船のように膨らみ いよいよ涙が零れそうになる
 「でもお姉ちゃんになるんだもん 泣いたりしないもん」
 自分に言い聞かせるように口走ったその時…
 
 
 
 コツ コツ コツ コツ…
 
 
 
 
 (誰か来る!)
 迷子になった…ボスのところまで…連れていって…
 見知らぬ誰かさんにかける言葉を心で何度も繰り返しながら
 聞こえてくる足音に必死の気持ちでタイミングを合わせて
 「あっ、あのっ」
 「う゛お゛ぉい!! ガキィ こんなとこでなにやってんだぁ?」
 「ひっ!?」 
 相手は生まれた頃から知っている筈の顔だったが 今回ばかりは運が悪かった
 長く伸ばした銀髪 取って食われそうな鋭い眼差し 半径数キロにわたって響かせる大声
 その迫力は緊張した女の子の涙腺を大破させるには充分すぎるほどで
 「あ゛!? お前はボスのとこの…なんでこんなとこにいんだぁ?」
 「ひっく ひっく ひっく…」
 「なっ!? なんで泣く? う゛おぉい こんなとこ誰かに見られでもしたら…」
 「うわあああああーーーーーーーんっっっっ!!!」
 
 
 
 
 しかしそんな見られたくない光景ほど 誰かに必ず見られてしまう
 それがここにいるスペルビ・スクアーロの真骨頂だった
 気がつけば騒ぎを聞きつけて背後に忍び寄ったのはいつもの面子
 「あーあ 隊長が泣ーかした♪ 泣かした♪」
 「一体なにをしているのだ お前は」
 「ムッ その子はボスのところの女の子だろ」
 「あんたねぇ…自分からボスに殴られるネタを次々仕込んでどうすんのよ」
 「知るかぁ! 俺はただここを偶然通っただけだぁ!!」
 ほとんど真実に近い言い訳は仲間にあっさりと却下され 
 泣きやまない女の子はそのままオカマに抱きかかえられる事になる
 「久しぶりねえ ルッスのお姉さまよ♪ 私ならまだ怖くないでしょ?」
 「ひっくひっく…うん」
 鮮やかな髪と悩ましげな腰つきが前後左右に揺れている間
 女の子の涙は徐々に引っ込んで やがて小さな微笑みが浮かんだ
 「ししっ まあボスが仕事で留守してるあたりまだ運がいい方なんじゃね 先輩にとってはさ」
 「…うるせぇぞぉ…」
 「ま これに関する口止め料はあとで精算しておくよ」
 「なっ? ちょっと待てええええっっ!!」
 
 
 
 
 上からの指示を受ける時に集う幹部たちの集合部屋
 とりあえず男たちは小さな女の子をそこへと連れてきた
 両脇をオカマと王子がしっかりと固め 膝の上にはマント姿の赤ん坊が陣取る
 「しかし何故急にこんな場所まで一人で…」
 「レヴィはそれ以上顔を近づけない! 可哀相に 怯えているじゃないか」
 「うっ…」
 「父親が恋しくてここまで来た以外に理由ないじゃん? ほら母親は今日予定日らしいしさ」
 「小さな子供にとって 家族が増えるって事はそれだけ難しいことなんだよ」
 その小さな子供より更に小さな赤ん坊が胸を反らしてふんぞり返った
 「私たちも今はボス待ちの状態なのよ しばらくここにいてみんなに遊んでもらうといいわ」
 「いいの?」
 「どっちにしろここが一番ボスに近い場所だからね 一緒にレモネードでも飲むかい?」
 「うんっ」
 小さな子供を宥めつつ それでも愛おしそうに頭を撫でる様子は
 最早マフィアでもなければ暗殺集団とも無縁の お花畑に似た平和な世界だった
 「なあルッスー そこで落ち込んでる二人のおっさんどうすんの?」
 「面倒だからほっときなさーい」
 
 
 
 
 頬を撫でるのは真っ白な柔らかい動物の毛
 フワフワしていてまるで雲の上に乗っているみたい
 寝ぼけ眼をゆっくりと上げると ルビー色の大きな瞳が自分をじっと見つめていた
 「ベスター?」
 誇り高き大空属性のボックス兵器 天空ライオン
 その凶暴な性格のまま 時には顔を変えて敵に襲いかかるのだという
 しかしこの子に関しては お昼寝のベッドになったとしても一度の文句を言ったことはなかった
 ヴァリアーの幹部たちに遊んでもらってから記憶がとぎれとぎれになっていて…
 おそらくは疲れて眠ってしまったこの子の側にずっといたのだろう
 ならば自身の炎でベスターを動かしている人は?
 「…お父様は…? いる?」
 ベスターはゆっくりと立ち上がると 静かに歩みを進め その鼻先で隣室の扉を押し開けた
 
 
 
 
 暖炉の中で広がる大きなオレンジ色の炎
 専用に作られた革張りの大きな椅子に座る彼は グラスを手にただ黙ってそれを見ている
 かつてマフィアの帝王となることを望んだ男の姿は
 日々を経て ある程度落ち着いた今でも まるで一枚の絵のように美しかった
 「お父様…」
 言葉はなかったが だからといって別に責められているわけでもないのだろう
 でも自分らを阻むその空白が子供にはひどく辛かった
 「ごめん…なさい 私勝手にお部屋から出て来ちゃったの…」
 涙が本人の意志に反してポロポロと零れてくる
 僅かに視線を動かしながら様子を見ていたザンザスは やがて一人娘に向けて手を伸ばした
 その腕に導かれるように 女の子は逞しい胸の中に飛び込んでゆく
 耳を飾るふわふわとした毛の感触を覚えることでひどく安心したような気持ちになった
 「わざとじゃないの でも私…私…」
 「別に俺は怒っちゃいねえ こんなことになるくらいわかっていたしな」
 「でもでもっ」
 「本当に悪かったと思っているのならボンゴレ十代目の方に詫びを入れるんだな」
 緩く結んだネクタイと白いYシャツに涙がしみこんでゆく
 今日だけはいくら強く両腕で抱きしめられたとしても苦しいとは思わなかった
 
 
 
 
 
 大きな手で頭を撫でられて安心したのか 少しずつ眠気が襲ってくる
 そんな中 小さな耳に響いてきたのは携帯電話の音だった
 「俺だ」
 相変わらずぶっきらぼうな声の主を 膝の上の女の子は緊張した面もちでじっと見ていた
 しかし電話の主とは最初の言葉以外の会話は特になく
 携帯も強引に切られたままテーブルの上に乱暴に放り出されてしまった
 「お父様…?」
 愛用のコートを肩にかけた彼を不安げに見上げる
 「どこいくの?」
 「…お前が今一番行きたいところだ」
 「あっ!」
 
 
 
 
 『ねえねえ おなかの赤ちゃんまた動いたみたい』
 『本当ね こんなに元気ならお父様によく似た男の子かもね』
 『私ね この子といっぱい遊んであげるの そしてお勉強も教えてあげるの』
 『大丈夫かな? 出来るのかな? うちの泣き虫さんに…』
 『大丈夫だもん! だって私…お姉ちゃんになるんだから』 
 
 
 
 
 
 気が付いた時には 可愛いベスターは小さな箱の中
 「行くぞ」
 「はい お父様」
 
 
 
 
 
 ーおめでとうございます お父様によく似た黒髪に紅い瞳の男のお子さまでしたよー
 
 
 
 
END
 
 
 
 
イメージソング   『そばかすうさぎ』   尾崎亜美
更新日時:
2009/05/01
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Last updated: 2010/7/31