FOR ME

7      Where are you going?   STORY BY きわ様
 
 
 
 
 
鬱蒼と茂る木々の間から、スポットライトのようにさし込んでくる明るい日射し。
小鳥達の楽しそうなさえずりと、軽やかな羽ばたきの音。
 
 
 
うららかな陽気が、眠気をさそう。穏やかな午後である。
 
 
 
低木の茂みのそばで、すっかり気持ちよく眠り込んでいた鋼の守護聖は、
突如足に何かがぶつかったのに驚いて、目を覚ました。
 
「きゃあ。」
 
半身を起こした彼の目の前で、誰かが地面に倒れた。
どうやら、大きく投げ出した彼の足につまづいたらしい。
 
「いてーじゃねーか。」
 
寝起きの悪さから、さらに怒鳴り散らそうととした刹那。
 
 
 
「ご、ごめんなさい…。」
 
 
 
躯を起こして振り返った半泣きの表情を目の当たりにして、
ゼフェルは口を閉ざした。
 
 
 
栗色の髪の女王候補。ーアンジェリークだ。
嫌いな相手ではない。どちらかといえば、気になる存在だ。
 
 
 
「…おめー、なにやってんだ?」
 
すっかり気勢を削がれてしまった鋼の守護聖は、けだるそうに髪の毛をかき回しながら訊ねる。
すると彼女は困ったような顔をした。
 
「あの、学芸館へ行く途中だったんですけど…。」
 
ふうん、と聞き流しかけ、ゼフェルの動きがぴたり、と止まる。
 
 
 
「学芸館ー!?」
 
 
 
見開かれた真紅の瞳にまじまじと見つめられ、
内気な少女は顔を真っ赤にして、小さく縮こまってしまう。
 
 
 
ゼフェルが呆れるのも、無理はない。
ここは湖のある森の奥深くである。方向がまるっきり違っている。
 
 
 
「なんで、そうなるんだ?」
 
 
 
真顔で訊ねられ、アンジェリークは恥ずかしさの余り、顔を上げられない。
だが、か細い声で、しかも早口で語ったところによると、彼女は宮殿からの帰りで、学芸館へ行くために近道をしようと、近くの森に入ったという。
 
ところが歩いていくうちに、すっかり迷ってしまったらしい。
当てもなく歩いているうちにここに辿り着いたというわけなのだった。
 
 
 
「お休みのところ、お邪魔してしまって…。」
 
栗色の髪で真っ赤になった顔を隠しながら、アンジェリークは何度も頭を下げる。
 
 
 
その様子を見ていると、彼女をそんな申し訳ない気持ちにさせた自分が、ひどい悪人のような気がしてきて、
ゼフェルはつい、気にするな、と口走ってしまった。
気にするなと言われて、はいそうですか、と納得するような相手ではないことくらい、分かっているのに。
 
 
 
案の定、彼女は、はい、と言った後、再び、やっぱりごめんなさい、と言った。
 
「あの、あたし、もう行きます。」
 
立ち上がる栗色の髪の少女を、ここに止める理由をゼフェルには思いつかなかった。
それで、なんとなく煮え切れないまま、おう、と頷く。
 
 
 
「それじゃあ、失礼します…。」
 
 
 
彼の前を通り過ぎ、木々の向こうへ歩いてゆこうとした。
だがふいにその前を振り返って、おずおずと鋼の守護聖の名前を呼んだ。
 
 
 
「あの、学芸館へ行くのは、こっちの方向で合っているんでしょうか…?」
 
 
 
栗色の髪の少女は、さっきから赤らめた顔を地面に向けたままだ。
 
「本当に、ごめんなさい。」
 
傍らを行くのは、鋼の守護聖。
 
「別にどうってことねーよ。」
 
 
 
結局、ゼフェルがアンジェリークを送って行ってやることになったのだ。
 
 
 
「おめー、かなりの方向オンチだな。」
「え、そうですけど、…どうして分かったんですか。」
 
 
 
わかるだろう、フツーは。
 
だがそう言うのはやめておいた。
アンジェリークは心底不思議そうな表情でゼフェルを見つめている。
それが嬉しかったのだ。
 
ようやく青緑色の瞳を地面から上げて、こちらに向けてくれた。ー
ー長い睫に縁取られた、澄んだ大きな瞳。
 
 
 
その瞳をもっと見ていたくて、ゼフェルは話題を変える。
 
「試験は、もう慣れたか?」
 
栗色の髪の少女は、はっきりとした口調で、はい、と答えた。
 
 
 
「皆様よくして下さいますもの。精一杯がんばらなきゃ。」
 
木漏れ日に照らされた可憐な横顔には、厳しい決意が覗く。
それを目の当たりにした真紅の瞳が、わずかに反応した。
 
 
 
「あまり、頑張らなくてもいいんだぜ。」
「え?」
 
 
 
言ってしまってから、ゼフェルは慌てる。
これじゃ言葉が足りてない。
 
 
 
「つまり、その、そんなに気張らなくてもいい、ってことだ。」
 
 
 
守護聖らしからぬ発言に、アンジェリークは目を瞬かせる。
 
「だって、応援して下さる人たちに恩返しするには、そのくらいしか…。」
「いいんだって。」
 
ゼフェルは、きっぱりと言いきった。
 
 
 
「恩返しなんて考えなくていーんだよ。これがオレらの仕事だしよー。」
 
 
 
言ってから、再び後悔する。
 
「あ…、そうですよね…。」
 
アンジェリークは、申し訳なさそうにうつむいてしまった。
彼女が何を考えているのか、顔を見れば明らかだ。
 
 
 
 そうだ、仕事なんだ。
 あたし、皆様の御好意に甘えすぎていた。
 そんな簡単なことに気付きもしていなかったなんて。
 
 
 
ゼフェルは思わず立ち止まって、少女に向き直る。
 
「違うって、そういう意味じゃねーって。」
 
アンジェリークは足を止めたが、しょぼんと肩を落としたままだ。
 
 
 
ちくしょー、なんでそうなるんだよ。
自分でも、誰がどっちに向かうか、全然予測もつかない。
 
 
 
ーこれじゃ、オレも方向オンチだ。
 
 
 
「おめーを応援している連中は、それが好きでやってるんだろ。」
 
アンジェリークが、顔を上げて、こちらを見つめる気配がする。
 
しかし、彼女が今どんな表情をしているのか、確かめる勇気はなくて、ゼフェルは空中に視線を向け続けた。
 
 
 
「やりたくてやってることなのに、おめーの重荷になってるんじゃ辛れえだろ。…なんか、おめーって、張りつめてるっていうか。いつかブチ切れるんじゃねーかって、見てる側としては結構心配…。」
 
口にしてから、はっと気がついた。
 
オレ、今、相当恥ずかしいこと、言わなかったか?
 
 
 
照れ屋の習性で、反射的に、そうじゃねえ、と言いかけた刹那、
アンジェリークと目が合ってしまった。
 
 
 
ーひたむきに見つめる青緑色の瞳。
 
 
 
この目に落胆の色を浮かべさせたくない。
瞬時に沸いたその想いが、つまらない意地を上回った。
 
 
 
「ま、まあ、そういうことだ。」
 
 
 
込み上げてくる恥ずかしさに、ゼフェルは顔をぷいっと背けて言う。
そして彼女がついてくるか確かめもせず、さっさと歩き出してしまう。
 
 
 
ちえっ、一体どうなってんだよ。
なんでこんな、ガラにもねえ話、してんだよ。
ホントに、全然、らしくねー…。
 
 
 
だが、その時。
 
 
 
「ゼフェル様…。」
 
背後から、彼の名前を呼ぶ栗色の髪の髪の少女。
 
 
 
顔の火照りを気にしながらも、足を止めて振り返る。
すると。
 
 
 
頬を染めたアンジェリークが、こちらをまっすぐに見つめていた。
 
「ありがとうございます。」
 
 
そして、ふうわりと微笑したのだ。ー真紅の瞳は釘付けになった。
 
 
 
「…礼を言われるほどのことじゃねーよ。」
 
口ではそう言いながらも、顔が自然と笑み崩れて行く。
 
 
 
春のひだまりのように、あたたかなアンジェリークの笑み。
 
まあ、いいか。
少しの居心地の悪さとひきかえにするには、上等すぎる褒美だ。
 
 
 
 
「ほら、行くぞ。」
「はい。」
 
小走りにやってきたアンジェリークを待ってから、ゼフェルは歩き出す。
 
少し会話がぎこちなくても、黙って歩いていても、二人の間で何かが変わったのが分かった。
ついさっきまでの、居心地の悪い空気はすっかり消え去って、代わりに自然と心が浮き立つのだ。
 
 
 
 
だが、森を抜けて学芸館が見えてくると、楽しかった時間もそろそろお終いだった。
終わりに近づくに連れ、二人は口数が少なくなり、足取りも重くなる。
 
 
 
「送って下さって、ありがとうございました。」
 
アンジェリークがためらいがちに口を開く。
 
「あ、ああ。そーだな。」
 
ゼフェルは足を止めた。
 
 
 
学芸館は、すぐそこだった。いくら方向オンチでも、迷いようがない。
後は、別れを告げるのみだった。
 
 
 
「あ、あの。」
 
 
 
ゼフェルが口を開きかけたのを遮るように、アンジェリークが言った。
 
 
 
 
「あの場所には、よくいらっしゃるんですか?」
 
一瞬、何を聞かれたのかわからなかった。
さっき昼寝をしていた場所のことだと分かって、銀髪の守護聖は頷く。
 
 
 
「静かだし、邪魔が入らねーからな。」
 
そう言った途端、発言者は顔を歪めた。…今日何度目の後悔だろう。
 
 
 
「違うぞ、おめーのことは邪魔だとか思ってねーからな。」
 
まんまるに見開かれた青緑の瞳。
それをどう解釈したものかゼフェルは大慌てで付け足す。
 
 
 
 
「その、女王候補を知ることは、一応仕事のうちだし…。あ、無理してつきあってるって言ってんじゃねーからな。そうじゃなくて。」
 
 
 
 
泥沼だ。
 
 
 
自分が何を言いたいのかわからなくなって、ゼフェルは思わず舌打ちした。
自分のふがいなさにため息をつき、こめかみのあたりを人さし指でさすりながら、独り言のように呟く。
 
 
 
「そうじゃなくて、おめー、何でそんなこと…。」
 
途端にアンジェリークの顔がぱっと赤くなった。その反応にゼフェルは目を瞬かせる。
 
「あの、お邪魔でなければ…。」
 
内気な彼女はそのまま、言葉を失ってしまう。
 
だが、いくら『発言が方向オンチ』の鋼の守護聖でも、栗色の髪の女王候補の言いたい事を察することはできた。ーお邪魔でなければ、またあそこへ行ってもいいですか。
 
当然、目的はひとつしかありえない。
 
 
 
「だめだ。」
 
思いがけない返事に、青緑色の瞳が大きく見開かれる。…たった今、邪魔ではないと言ってくれたのに。
 
「おめーひとりで、たどり着けるわけねーだろ。」
 
そう言ってから、ゼフェルは、凝視してくる青緑色の瞳から視線をそらす。
 
 
 
「その、どうしてもっていうなら、…オレが一緒に行ってやる。」
 
 
 
そっぽを向いて鼻先をさするその横顔は、明らかに照れている。
今度こそ、彼の気持ちはまっすぐに、栗色の髪の少女に伝わった。
 
アンジェリークは、目を輝かせて嬉しそうに頷く。
 
「どうしても、です。」
「しゃーねえな。」
 
ゼフェルはしかめらしく言ったが、頬はゆるんでいる。
 
 
 
「そんじゃ、今度いつにする?迎えに行ってやるよ。」
「そんな、申し訳ないです。あたしがおうかがいしますから。」
「だって、おめー、方向オンチだろ。」
「あたし、ゼフェル様の執務室だけは、ちゃんとたどり着けます。」
 
 
 
 
心のベクトルは、どうやら間違えずに、正しい方向を指している。
 
 
 
 
fin
 
 
 
 
きわ様のサイト「The Edge Of HEVEN」様にて、8000番をゲットした際に頂いた創作です。図々しくリクエストしたのは、『両思い直前の、お互いがお互いに片想いしているような感じで』といった内容でした。美しい自然の中でのちょっとぎこちないやりとりに…転げ回ってしまいましたああああッ!! なんて不器用で可愛いカップルなんでしょう。思わずオスカー(何故だ)になって背後からつっついてやりたくなりました。でもちゃんと分かり合っている本当に素敵な2人でした。きわ様、本当にありがとうございました。しばらくはこの世界に浸り続けます。戻ってこれないかも…これからもずーっと追っかけさせて下さいませ。
更新日時:
2003/06/25
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Last updated: 2010/5/12