FOR YOU

3      戦場のボーイズ・ライフ
 
 
 
 
 
 いつもなら軽口を叩いてばかりの明るい青年の表情が暗く沈んでゆくのを見たのは初めてのことだった。それはまだ彼が過去に捕らわれ、未だ抜け出す方法を見いだせていないことを示している。しかしそれほど詳しくない内容の話はアンジェリークに次の言葉を紡げなくさせているのだった。
「悪いな、アンジェリーク。今の俺の独り言は忘れてくれ。お前に暗い話は似合わねぇよ」
「でも…」
「…ハッ、好きにしろ。お前みたいなタイプは言ったって聞きやしねえ。本当に…よく似てるよ」
最後の言葉の優しさが、彼の傷の深さをそのまま物語っているように感じられた。
 熱い空気にさらされた2人は、しばらく無言で海を眺めていたが、しかしアンジェリークの方は暗くなりかけた空気を一掃するための次の話題を内心必死で捜していた。
「唯一の心の支えだった人って、もしかしたらアリオスの恋人?」
「全く余計なことばかり口にする女だな。まあ好きに想像しろよ」
「また酷いこと言ったわね。いいもん…勝手に想像するから」
それを聞いてククッと笑う様子は、いつものアリオスに戻った感じだ。ホッとしたのか、アンジェリークの口が楽しそうに語り始める。
「実はね…私の好きな人もアリオスに似ているの!」
「はあ?」
 アンジェリークは何気なく聞かせたつもりだったのだろう。しかしアリオスにとっては背後から突然ぶん殴られたような衝撃があった。もしかしたら栗色の髪の少女はみんな自分に気があるものだと勘違いしていたのかもしれない。
「だからね、初めてアリオスに会ったときは本当にびっくりしたの。いつの間に…」
「いつの間に?」
「あんなに背が伸びたのかなあって」
(そいつよっぽど気にしているんだな)
実は大正解だった。
 アリオスの素っ頓狂な声を聞いて、アンジェリークも何となく小気味が良くなって来たのだろう。その話は結構続いた。
「その人もね、ちょっと口が悪くてソンをしているようなところがあるの。でも本当は男らしくてものすごく優しいんだ。素っ気ないフリしながらいつも私を助けてくれるの。本当に本当に素敵な人なの」
(なぜっ、なぜ我はこんな小娘のノロケ話なんぞをこうして聞いていなければならぬのだっ)
彼が危うく本性を出しそうになったのも仕方のないことだった。しかしそれに歯止めをかけたのはとあることを思い出したからだ。
「ちょっと待てよ? じゃあなんでお前は女王なんてやってるんだ。そこまで惚れている奴がいるのなら、ずっとそいつの側にいればいいだろう」
それまで楽しそうにしていたアンジェリークの笑顔が悲しみに歪んだように見えた。
「仕方ないよ…だって片想いなんだもの」
「はあ?」
 じゃあなにか? 俺は見込みのない恋のノロケ話をこれまで延々と聞かされていたということか? アリオスのこめかみに青い血管が浮き出てきた。
「バカバカしい。そんなのが恋愛のうちに入るかよ」
「でも相手の女の人も大好きなの。可愛らしくて優しくて…私のことも実の妹のように思って下さっているの」
「そんなの自分の気持ちを誤魔化しているだけだろ」
アリオスの言葉にアンジェリークは俯いてしまった。そのことは内心認めてはいるのだけれど。
「それでもいいんだもの…だってそういう気持ちが今の私を支えてくれているの。故郷であるこの宇宙も自分の新宇宙も守ってゆける強い想いを生み出してゆけるんだもの」
これ以上反論しても笑顔でかわされるだろうことはアリオスはよく分かっていた。彼の思い出の中にある面影もきっと同じことを言っただろうから…。
「まあ好きにしろよ。ただその男も俺の目の前にいなかったのが幸運だな。もし目前に現れたとしたら五、六発拳が入っていたと思うぜ」
「アリオスったら! …でもありがと。アリオスもあの人達と同じくらい大好きよ」
「それはありがたいこった」
「だってお兄さんみたいなんだもの」
謎の美剣士が先ほどの万倍傷ついたのは言うまでもなかった。
 
 
 
 
 夕波の島にたどり着いた2人を最初に見つけたのは三人の守護聖だった。彼らは長老宅の前で話し合いをしていたようだが、申し訳なさそうにやって来たアンジェリーク(とアリオス)の元に駆けつける。
「心配したぜ、お嬢ちゃ…」
オスカーがアンジェリークを抱き寄せようとした瞬間に隣にいたオリヴィエが奪い取る。栗色の髪をなで回し、白い頬に思いっきりスリスリして見せた。
「無事で本当に良かったよ。助けに行きたくても行けないなんて情けなさの極みだったしね。潮の流れを計算してここに移動してみれば大正解だったわけだ」
「ごめんなさい、ご心配をおかけして」
「少し痩せたんじゃないのか? なにかあったのか」
 言いにくそうにしていたアンジェリークを後ろに庇い、アリオスは事情を適当に甘いオブラートに包みながら説明した。
「状況が変わらないのは事実だが、こいつを責めたりすんのはお門違いだと思うぜ。少しは思いやってやんのも大事なんじゃねーの? 仮にもフェミニストを自称してるんならな」
そして今度はアンジェリークの方を振り返る。
「じゃ俺は行くぜ。お前もちゃんと休めよ」
「うん、ありがとう」
 輪の中からアリオスが抜け、そこにはアンジェリークと三人の守護聖が残った。
「俺達の知らないところで辛い目にあっていたんだな。すまなかった」
「そんな…謝らないで下さい」
「とりあえず今は休むことを考えた方が良さそうだね。私が送ってゆくよ」
オリヴィエが付き添おうとしたその瞬間、それまでずっと黙り込んでいた一人の守護聖が叫んだ。
「この戦いをナメてんじゃねーのか」
「ゼフェル?」
「テメーがチンタラ遭難している間に陛下がどんなに苦しんでいるのかわかんねーのかよ! 甘っちょろい考えでついてこられたらこっちが迷惑すんだ」
しかし言った本人もその言葉の刃のような鋭さに、気まずく背を向けた。あとの2人はアンジェリークの答えを待っている。彼女が行方知れずだった間、この少年が荒れる海に飛び込んでゆきそうだったのを必死にルヴァに止められていたことも、やり場のない気持ちを引きずったままランディと毎日のように殴り合いをしていたことも、寝ているときでさえ『アンジェに手ェ出すんじゃねー』と喚き散らしていたことも知っていたからだ。
「中途半端な気持ちじゃありません。確かに熱を出したり怪我をしたのは私の落ち度です。でも陛下のことは私…」
 遂に蒼い瞳から涙が溢れてきた。これまで一度も泣かずにきただけに、その痛々しさは数倍になって男達の上にのしかかってくる。
「オスカー様、私もう一度漁り火の島に行きます。今度こそ移動島の場所を…」
「ちょっと待ってくれ。お嬢ちゃんの気持ちも分かるが、病み上がりの女性をまた危険に巻き込む気はないぜ」
「でもこんな間にも陛下のお身体が」
「確かにね。だけどだからってアンジェのことをおろそかにしちゃったらそれこそ陛下にお説教されちゃうよ。動けない自分の代わりに陛下はあんたにこの宇宙を託したの。それは誰よりもアンジェのことを信じているからなんだよ。それに応えたいのならまずは元気にならなくちゃ。あとは…実は移動島について研究院からエルンストに情報が入ったらしいんだ。でもここは思った以上に整備が整ってなくてね、今は必死に通信を繰り返しているところ。それまでは誰も動けないんだよ」
 今度はオリヴィエに奪われぬようオスカーがアンジェリークを抱き寄せた。
「純粋な涙は美しいが、今の痛々しさを思うと少し辛いな。さあ、俺が部屋まで…」
しかし次の瞬間鋼の拳が彼の頬を貫いた。
「あーらら」
「こいつはオレが送ってく!」
「ゼフェル様、でも…」
「なんか文句あんのかよ!」
「いえ、ないです」
強引というより強制的に連れ去られたような感じだった。そしてそのあとには夢の守護聖と、炎の守護聖の屍だけが残された。
 
 
 
 
 長老の屋敷にある一室に入っても、ゼフェルの顔はふくれたまんまだった。正直な話、アンジェリークには先ほどの強い口調よりもそっちの方が堪えた。
「あのゼフェル様、今回は本当に申し訳ありませんでした。私のせいで…」
「…何話していたんだよ」
「え?」
「だから島の裏側でアリオスと何を話していたんだって聞いてんだよ!」
怒鳴り声に体を震わせながらも、アンジェリークは昨日までの出来事を必死に思い出していた。
「恋人の話を聞いていました」
「へ? あいつ恋人なんているのか?」
「はい」
 ゼフェルはアンジェリークに背を向けて、慌てて口を押さえた。思わずこぼれてくる笑みを必死に隠す。
(なんだ、恋人がいるのか…)
「だったらこんな旅に参加するよりも恋人のところへ帰ればいいのにな」
「でも言葉が過去形だったから、もしかしたら亡くなった人なのかもしれません」
「…振られたんじゃねーの?」
「…そうかも」
2人はここで初めて笑顔を見せ合った。
 ゼフェルはホッとしたため息をつくと、それまでと違ったような優しい声で言った。
「とにかく今はゆっくり寝ていろ。またあとで様子を見にくるから」
「ありがとうございます」
ゼフェルが静かに扉を閉めたと同時に、アンジェリークはベッドに潜り込んだ。
「陛下…どうか私を信じてお待ちになっていて下さい。ゼフェル様は必ず無事に陛下の元にお連れいたします」
…実は誤解は全くとけていないのであった。
 
 
 
 
 長老の家から出てきたゼフェルの元に三人の少年が駆け寄ってくる。
「ゼフェル様、何かいいことあったんですか?」
ティムカが自分も嬉しそうに話しかける。彼らもまた荒れ放題だったゼフェルを複雑な目で見ていたのだ。
「アンジェリークが帰ってきたからな」
それを聞いたティムカはもちろん、マルセルもメルも歓声を上げる。
「マルセル様、ティムカさん、今すぐ会いに行ってこようよ」
「…やめとけ」
ゼフェルに止められてメルの頬が何倍にもふくれる。
「どおしてー」
「あいつ遭難している間に熱を出したり怪我したりで大変だったらしいんだ。これまでこれまで充分に休んでいなかったから、こういう時こそ寝かせておいてやりたいんだ。起きたらオレが教えてやるから」
3人は顔を見合わせると素直に頷いた。ゼフェルも彼等のようであれば炎の守護聖という犠牲者を出さずにすんだのだが…まあそれは別な話なのであった。そして若干の誤解を含んだこの恋が実るのは、まだもう少し先のこと…。
 
 
 
 
END
 
 
 
 
以前のカウンターで123番をゲットして下さったMISTY様からの『天空の鎮魂歌をテーマにしたゼフェコレ』というリクエストにお応えしたものです。ちょっと長くなってしまいましたが、いかがでしたでしょうか。まだ恋人同士ではなく、いや、それ以前に双方で誤解しまくりのとんでもない内容になってしまいました。(可哀想なのはオスカーとアリオスだな。それを含めて笑って許して欲しいけれど…ううっすみません)アンジェがゼフェルが好きなのは陛下だと思いこんでいるのですが、コミックの展開だとロザリアの方がいいのかと思いはしました。でもそうするとものすごくリアルになって笑えなくなるのでやめました。まだまだ精進の日々は続く…。MISTY様、これでよろしかったでしょうか。どうぞまたよろしくお願いしますね。 
 
更新日時:
2002/10/26
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Last updated: 2010/5/20