ANGELIQUE TROIS

2      あたらしい世界   〈S〉
 
 
 
 
 
 そびえ立つ銀の大樹は、まるで大空に突き刺さるのではないかという錯覚を起こさせた。それを見上げる少年も首に痛みをかんじているほどだ。
「…凄いね」
少年は自分より数歩後ろに立つ少女に向かって言った。
「僕も生物学には詳しいつもりでいたけど、こんな宝の木を見るのは初めてだ」
薔薇色の短いドレスを着た少女が優しく微笑む。
「貴方の髪の色と同じ、綺麗な銀色だわ」
それを証明するかのように、一陣の風が彼の短くてサラサラとした銀髪を揺らしていった。眼鏡越しに彼女のドレスと同じ色の瞳が子供のように輝く。
「ありがとう」
 見つめ合っていた2人の視線が再び大樹に注がれる。
「触ってみてもいいかな」
「気を付けて」
「大丈夫だと思うよ。これでも守護聖の端くれだからさ」
銀色に輝く幹に伸ばす手はそれでも微かに震えている。手のひらが触れた瞬間、そこから膨大な力が彼の体内に直接流れ込んできた。
「ぐっ…」
まるで弾かれるように後ずさりする少年の体をしっかりと支える。
「大丈夫? 何があったの」
「サクリアが流れ込んできたんだよ。この樹には大地の作用があるんだね。少し驚かせてしまったみたいだ。でももう大丈夫だよ」
少年は少し恥ずかしそうに目を伏せると、スーツの懐から小型のコンピューターを取りだした。
「相当な量のデータを残しておけると思うよ。聖地に戻ったら最新の技術で資料を作成するから」
「よかった。忙しい時に一緒に来てもらってごめんなさいね」
「女王陛下を理想郷にエスコート出来るんだよ? これほど栄誉のある任務なんてこの世にあるとは思えないね。帰ったら連中になんて言われるかな」
憎まれ口を叩きながらも、その指は自由自在に動いてゆく。銀の大樹から放たれるデータが全て収まるまでの間は瞬きの数秒だった。
「終了したよ」
「ご苦労様」
 外界にいた頃はその小さな頭に数億年分のコンピューターが内蔵されているのだともっぱらの噂だった。しかし女王からの命令を終えた彼の口調は驚くほど元気がなかった。
「アンジェ…本当にこれでよかったの?」
「どうして?」
「僕は宇宙生成学には詳しくはないけれど…でも君がラ・ガとのことで未来の出来事に直接介入したのは事実だ。それがこれからの未来にどのような影響を与えるのかは想像もつかない。現に小宇宙となったアルカディアと将来アルカディアになるかもしれない大陸は今同時に存在しているんだよ。もしかしたら未来に起こる厄災が更に肥大化した可能性だってあるんだ。そうすればこうして記録が残っている以上、未来の女王は必ず君に助けを求めてくるだろう。…いや、それだけじゃない。大事にならなかったとしてもあらゆる世代の女王が些細なことで君を頼ってくるようになるだろう」
 本当は握りつぶしてやりたい衝動にかられながらも、コンピューターを元の位置に戻した。その内容は聖地の研究院で再構成され、常にその時代の最先端の技術によって遙か未来へと伝えられてゆくのだろう。そして最悪のことが起これば創世の女王に救いを求めるということも語り継がれてゆくはずだ。しかしそれが本当に正しいことだと言えるだろうか。
「そのたびにアンジェが苦しむことになるよ? 君はとても優しいけれど、そのせいでいつも無理ばかりしている。僕は君の苦しむ姿は見たくないんだ」
 違う…本当はこんなこと言いたくはなかった。決して彼女を責めたいわけではない。ただ時々感じてしまうのだ。創世の女王として全てを背負いすぎているのではないかと。でも飛び出した言葉は戻ってこない。
「ありがとう」
「アンジェ?」
「みんなが心配してくれているのはわかるの。でもね、こればっかりは仕方ないのよ。私とレイチェルが作った宇宙なのに、私たちはその行く先を見届けることは出来ないのね。どれだけそうしたくても…でも宇宙のみんなには誰よりも幸福でいてほしいって思ってる。そのために私の力が必要ならどんなことでもしてあげたい」
 本当はそんな助けなどいらないのかもしれないけれど…と彼女は微笑みながら肩をすくめる。それでもそうせざるをえないのは、彼女が宇宙を無から育てた創造主だからだ。まるで幼子を見守る母親の姿にイメージが重なる。
「それに私はもう一人じゃないもの。レイチェルがいて、守護聖の仲間たちがいて…今ここに貴方がいてくれて」
「アンジェ…」
「だから心配しないで。私の側にはいつだって希望があるもの。それに向かってどこまでも歩いてゆけるわ」
 長く豊かな栗色の髪がフワリと風に踊る。それを見ていた少年の心がキュンと切ない音をたて、気がついた時はアンジェリークの手を握りしめていた。
「側にいるよ」
「ショナ…?」
「僕の大地のサクリアはこの宇宙のために。でも守るべき力は全て君のために」
彼女が二度と泣き顔にならないように、自分にその力があるのならば。何も望まない、とても優しい…そして誰よりも愛しい存在だから。自分が生まれ変わってまで巡り会いたいと望んだほどに。
「永遠に…君だけだよ」
 
 
 
 
END
 
 
 
 
全世界全てのショナファンに捧げる彼とのトロワエンディング…のつもりです。転生して地の守護聖になった彼とコレットちゃんのお話。もうただひたすら彼の幸福を願っていた身としては満足なんですが、どんなもんでしょう。外見は相変わらずゼフェルの姿のままですが、そうですね…コミック版に登場した夢魔の少年に近い感じです。だから風にストレートヘアがなびいたりするシーンもあるのです。スーツと眼鏡は天才少年の必要不可欠なアイテムということで。心配性の部分は本体さんの影響かな。
 
更新日時:
2003/04/30
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Last updated: 2010/5/12