ANGELIQUE REQUIEM

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 なかなか通じない通信機械に、主任は今日もため息をつく。隣では地の守護聖が休息を勧めていたが、生真面目な彼の性分がなかなか受け入れさせずにいた。
「焦っていることは認めますが、宇宙の存在がかかっていると思うとどうしても…」
「あなたの場合はお友達の行方も気になるでしょうからねえ。でも体を壊してしまってはどうしようもないこともおわかりでしよう? エルンスト、あなたがいなくては私たちは一歩も進めないのですから…ね?」
エルンストは指先で眼鏡をグイッと上げると、そのまま目の前に広がる風景へと視線を移した。なんと雄大で美しい風景だろう。海は数日前の荒れた様子を忘れたように、穏やかな波を寄せている。『蒼き群島の惑星』…まさかこのような形で訪れようとは考えたこともなかった。
 その時元気のいい少年たちが通り過ぎて行った。この陽気な気候に真っ先に馴染んだ集団である。
「ランディたちはいつも元気ですねえ」
「少し緊張感に欠けている気もしますが」
「それでいいのですよ。彼らの性格に私たちは救われているのです。もし全員がジュリアスやクラヴィスのような性格だったなら…」
ルヴァは内緒話のようにエルンストに小声で話す。
「とうの昔に全滅していたかもしれませんからねえ」
内緒ですよと言うように自身の唇に指を立てる様子を見て、珍しくエルンストは大声で笑った。
 そんな会話を知らない少年たちは、両手に南国の果物を抱えて何か相談をしているようだった。
「おや、どこかへ行くのでしょうかねえ」
「アンジェリークのところではないでしょうか。彼女の容態を随分と心配しておられたようですし」
「…おや? アンジェリークなら先程ゼフェルと出かけてゆくのを見ましたが」
2人の大人の間に沈黙が広がる。はたして彼女がどんな気持ちで出かけていったのか、そして他の少年たちとあの鋼の守護聖のどちらを選ぶのかをよく知っていたのだ。
「お茶でもいかがですか? エルンスト」
「ご相伴にあずかります」
 
 
 
 
 日射しを少しだけ遮ってくれるヤシの木の下に、2人は並んで座っていた。
「おーい、大丈夫か?」
「へっ…平気ですっ」
ゼイゼイと苦しそうに呼吸を繰り返していても、その表情は楽しそうに見えた。
「それにしても少しは見直してやるよ。まさかこのオレの脚力についてこられるとは思わなかったからな」
「結構体力はあるんです。認めて下さいね?」
 砂浜を走り回るなんて一体どちらから言い出した事なのやら。普段のゼフェルなら『誰がランディ野郎の真似なんか!』と言いそうなのだが、そうしなかったのはこの開放的な空気のせいなのか。
「そのわりに溺れてなかったっけか」
「ひどいー、ものすごく怖かったんですよ」
「オレなら波乗り出来るかもしんないぜ」
一瞬のキョトンとした瞳…すぐにマジマジと見つめ返す。
「波乗り出来るんですか?」
「…まあオレの生まれたところも聖地も海なんてねーからな。でも近場に海のテーマパークみたいのがあって、そこなら季節天気問わずに遊べたんだ」
「だったらいつか教えて下さい。もう溺れないですむように…ね!」
「遠慮しとくわ」
冗談っぽく言ってみたものの、半分は彼の本音だった。もう彼女は溺れることはないだろう…自分が二度と一人では行かさないからだ。
 2人はしばらく無言のまま海を見つめていた。疲れた体に潮風さえ涼しく感じられる。
「ずっと前の…っていうか、オレがずっとチビだった頃の事なんだけどな、一度だけこんな島に来たことがあるぜ」
「本当ですか?」
「あの頃凄く好きな絵本があったんだよな。でも自分の周りしか知らなかったから、両親に『海って何処の工場で作ったの?』なんてバカなこと聞いちまったんだ。そんな息子が不憫だったらしくて、仕事を休んで連れていってくれたんだ」
アンジェリークは思い出話に素直に耳を傾ける。
「後々工場ネタで色々からかわれたけどな。沖までモーターボート走らせたかと思ったら、次の日はゴムボートで親父の足が届かないところまで行ったりした。泊まったのもホテルとかじゃなくて、別荘みたいなところを借りたんだ。まあそのせいか毎晩バーベキューを喰っていた気がする」
 まるであの頃に戻ったような楽しそうな顔をしていたが、一瞬瞳が曇ったのをアンジェリークは見逃さなかった。
「もしあのまま故郷にいたら、今度はオレが連れて行く立場だったかもしれねーけどな」
「ゼフェル様…」
辛そうな声にゼフェルは我に返った。誤魔化すように笑う。
「別に後悔しているとか言うんじゃないぜ。そういう意味じゃねーんだ…もしかしたらここにこなければ思い出すこともなかったかもしれねーだろ? それにただ楽しいだけの思い出よりそっちの方が心に残るってもんだ」
オメーもそうだろ?…と言いたげに見つめられて、アンジェリークはようやく微笑むことが出来た。
 
 
 
 
 
 
 
 はたしてここがあの島だったのか…それは行った本人にもわからない。しかし波の彼方にかつての幻が見える。モーターボートで行った先の小さな島で初めて魚釣りをしたことも、砂浜で父親と競争するかのようにいくつも砂の城を造ったことも。
(海の水をなめてごらん)
(しょっぱい! しょっぱいよう…)
(全く! ゼフェルのことをあまりいじめないでよ。いらっしゃい、ペパーミントキャンディをあげるから)
あの時のキャンディの味さえどこかで覚えている。小さい自分には悔しかったことがあっても、帰り道には父親の腕を引っ張って何度も言った。
(またこようね。絶対にね)
(そうだな。またみんなでこような)
しかしその約束は二度と守られることはない。大切な思い出というのはどこか悲しみが加わっているモノなのだろうか。
「らしくねー、本当にらしくねーよな? アンジェ…」
隣にいた少女の様子を見て心臓が跳ね返る。スウスウと寝息をたてて、気持ちよさそうに眠っていたのだ。本当ならば大声で叫びそうになるのを必死に押さえる。
「なんつーか、やっぱオメー変わんねーな」
 周りに自分たち以外の人間がいないか見回してみる。そして状況が整っていることを確認して、アンジェリークのサラサラの髪にそっと唇を寄せてみた。
「またこようぜ、今度は2人だけでさ」
今度こそは必ず守りたい約束だった。少なくとも今は言葉に頼らなければならないほど子供ではないのだから。まるで頷くように揺れた髪が彼を有頂天にさせる。
「別に…三人でもいいけどな」
 
 
 
 
 
 
 
END
 
 
 
 
MISTY様のサイト『LOVE“AN”LIMITED』様にて1515番をゲットした時にゼフェルとコレットのラブラブイラストin天レクを頂きました。その時おまけとして創作を書かせて頂いたのがこれです。肝心のイラストはパソコンと一緒に吹っ飛んでしまい、現在はコピーしたものが手元にあるだけなのでおまけのみこちらへと移動させました。ちなみにパームツリーに並んで座っている時にコレットがうたた寝を始めてそれをゼフェルが優しく見つめているというイラストだったのです。この話のラストシーンに反映させた…つもり。MISTY様、その節は本当にありがとうございました。現在はハンドルネームを水無月茜様に変更され、遙かメインの『DAY DREAM』というサイトを運営されています。これからもどうぞよろしく。
更新日時:
2003/05/15
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Last updated: 2010/5/12