ANGELIQUE SPECIAL2

7      果てなく続くストーリー   〈S〉
 
 
 
 
 女の子の夢は王子様。ハンサムで優しくて、何よりも自分だけを愛してくれるたった一人の運命の人…しかし年を重ねるごとにその夢もだんだんと現実味を帯びてくる。夢と現実に挟まれたちょっと複雑なお年頃、それが17歳かもしれない。
「ぜーったいおかしいって!」
スモルニィ女学院のとある教室、友人達に詰め寄られているのは栗色の髪のおとなしそうな生徒だった。
「そっそうかなあ?」
「確かにアンジェはちょーっと地味っぽいけどね、でも人並み以上に可愛いはずだよ。なのにこの男っ気のなさはなんなのよ」
 周りにいる他の友人達も、もっともだと言うように頷いている。
「でもスモルニィは男女交際禁止だし…」
「そんなの律儀に守っているのはあんただけよ」
いよいよ言い訳もきかなくなってきた。本当は彼女も分かっているのである。年頃の女の子にとって恋人の存在は必修科目みたいなものだ。そして親切な友人達が自分にボーイフレンドを紹介しようと集まって来たのだった。
「はいはい、フォンも落ち着いて…アンジェの恋人候補なら、私がバッチリ情報持ってきたから」
話を仕切り始めたのは、仲間内でも交友関係の広い少女だった。
「アリス…?」
「アンジェ、年下の男の子なんてどう?」
 年下というのはかつてない実はとても珍しいジャンルではあった。仲間の輪がますます小さくなってゆく。内緒話の体制は万全だった。アンジェにとっては年上の無難なタイプを想像していただけに、話す声も小さくなる。
「王立研究院に教育機関があるのは知っているでしょ? 知り合いがそこに通っているんだけど、そこに相当変わり者な男の子がいるんだって。ものすごい頭が良くて八歳で教育機関は卒業しているらしいけど、ちょっと浮世離れしている面があるから恋人紹介してやってくれって頼まれているのよ」
いよいよ現実味を帯びてくる恋人探しに、本人は口を挟めずただ真っ赤になっている。
「年は私たちより二歳年下の15歳。私は会ったことないけど、すっごい美少年らしいのよー」
女の子の条件の中で最も重要視されるのは将来性とルックスだった。
「けってーい」
「え?」
 
 
 
 
 カントリー風に飾り付けられた小さな喫茶店、アンジェの良いところがきちんと現れるように友人達が設定した待ち合わせ場所だった。もちろん彼女自身もこういった店は好みではあったが…こういうときに店を見ろというのは酷であろう。
(どんな人なんだろ…)
身体を震わせながらも、半分は期待しているのだろうか? 今日アンジェが身につけているのはお気に入りの水色のワンピースだった。可愛く見られたいと意識しているのは間違いない。
 窓から見える通りには、今日も沢山の人々が行き来している。アンジェの目には、男の人たち全てが相手のように思えて仕方なかった。
(いけない、いけない…少し落ち着かなくちゃ)
親友であるアリスという少女が教えてくれたのは、彼が15歳であること、八歳で王立研究院の教育機関を卒業した天才であること、専門分野は宇宙生成学であること、少しおとなしいタイプらしいこと、そして名前は…。
「えっ?」
人通りの中に、一人の男の人の姿が飛び込んできた。スーツの上にコートを羽織った、大人に見えるがその表情は少年に近かった。背丈は自分より少し高い程度だろうか。それでも姿勢は良く、真っ直ぐに歩いている。短い銀色の髪と眼鏡の奥の薔薇色の瞳…それは思わず目で追ってしまいそうな美しさだった。
 その人は当然のように自分の前を通り過ぎると、意外にもこの店の扉を開いた。いよいよアンジェの胸の鼓動が止まらなくなってくる。
(まさか…)
「アンジェリーク・コレットさんですか?」
ほんの少しかすれた、それでもとても優しい声だった。彼はほっとした笑顔で、彼女は驚きのあまり硬直した状態で、まるで電光石火の如く恋に落ちていた。
 
 
 
 
 喫茶店の向かいにあるファーストフードショップに、その様子をジッと眺めている奇妙な二人組がいた。一人は金色の長いウェービーヘアの勝ち気そうな少女、その前に座っているのは彼女よりかなり年上の真面目そうな男性だった。
「仕事サボってまで会うなんて、やーっぱりオンナだったわね。機嫌よさそうに洒落めかしているから珍しいなーとは思ったけど」
「…だからって私たちが何故ここにいるのですか」
「エルンスト! アナタ悔しくないの? アイツってばアタシ達の教育課程終了の最年少記録を二年も縮めたのよ? このレイチェル様に喧嘩売ってんのよ」
「喧嘩を売ってるのはどっちなんですか。そのたび言葉で負かされているでしょう」
「うるさいわね。アタシの辞書に不可能という文字はないのよ。絶対弱点見つけていたぶってやる!」
 鼻息を荒くしている彼女を止める術などこの世にはないだろう。王立研究院の主任研究員は重い溜息をついた。姉がああいう人で、親友もああいう人で、年の離れた恋人までもがこういう性格なのだから、彼の不幸は延々と終わることを知らない。
「フーン、なんかさえない女よね」
「…可愛らしい方だと思いますが」
「なんか言った?」
「いえ、何も」
 
 
 
 
 抜けるような青空を純白の鳩が飛び去ってゆく。まるで全ての幸運が訪れたかのような素晴らしい天気だった。教会の鐘が鳴り響き、神様が用意してくれたシーンを人々は思い思いに堪能している。そして教会の小さな一室では、ウェディングドレスを纏った二人の天使が、最後の仕上げに互いの唇にルージュを塗って上げていた。
「ン、完成したよ」
「ありがとう、レイチェル」
栗色の髪を霞のようなヴェールで覆った花嫁は、親友に優しい笑顔を向けた。その愛らしさがたまらないのか、レイチェルの方からガバッと抱きついてくる。
「アンジェー、やっぱりやめにしようよ。アナタはアイツなんかには絶対もったいないって」
「冗談は顔だけにしてもらえるかな」
 背後から聞こえる声は、アンジェリークにとっては天使のささやきであり、レイチェルにとっては悪魔のつぶやきのそれであった。
「ショナ!」
アンジェリークは白いタキシードを着たあの花婿を見つけると、レイチェルの抱擁から逃れて彼の元へと駆けてゆく。それを気に入らないレイチェルはドレス姿のままじたんだを踏んだ。
「あーっ、ワタシのアンジェに近寄らないでよッ」
「その言葉、そっくり君に返そうかな? エルンスト」
振り向いたショナの向こうに、頭を抱えたもう一人の花婿がいた。
「いい加減にして下さい、レイチェル。折角のドレス姿なんですよ」
「だって今日からショナがワタシのアンジェを独り占めすんのよ? エルンストにはワタシの気持ちが分からないのよ」
 先代の女王陛下が宇宙の崩壊と共に移動させた際の虚無の空間に誕生した新しい宇宙…新しい女王は王立研究院の優秀な研究員を派遣し、長きにわたって見守ることを決定した。ショナ・レイチェル・エルンストもそのプロジェクトに参加することになっていた。しかし電撃的に恋に落ちたあの日から一瞬たりとも離れられなくなった二人は、アンジェリークの高校卒業を待ってウェディングベルを鳴らすことになったのである。
「ね、アンジェ」
痴話喧嘩を呆然と見つめている花嫁にショナが声をかける。
「なあに?」
「神様に誓う前にさ、キスしても良い?」
愛する人の腕に抱かれた彼女が、夫の瞳の色以上に真っ赤になったのは言うまでもなかった。
 
「あーっ、ワタシのアンジェに何すんのよっ」
 
 
 
 
END
 
 
 
 
もしコレットが女王候補にならなかったら…そして聖地に関わらない生き方をしながら、それでも運命の人に巡り会えていたとしたら。ゲームの設定を根本から無視したパラレルストーリーです。「よしき、ひょっとしたら例のことに関する八つ当たりかい?」と問われたら、全くその通り! だとしか言いようがないけど(笑)。もしかしたらこれからも何本かそういう内容の話を書くかもしれません。
パラレルということで、お相手は彼になりました。なんか候補になるよりずっと幸せそうだな…レイチェルが完全に自分自身を投影していて怖い。これでもエルンストとラブラブなんだよ。
 
 
更新日時:
2002/09/13
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Last updated: 2010/5/12