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41      悪魔   (珪×主人公 GS)
 
 
 
 
 
 白い色がふんわりと外を包み、ひんやりとした空気が気持ちを引き締めてくれる…はばたき市のクリスマスはそんな感じで始まった。イブの賑やかさが嘘のように静まり返った葉月家の子供部屋では両親によく似た双子の姉弟がベッドの上にぺたんと座っている。金色のサラサラとした髪に緑色の瞳の女の子が姉の愛奈、赤茶色の髪が左右にはねた青い瞳の男の子が弟の詩音である。二人はお互いの体を寄せ合いながら、ベッドの端に置かれた籐のバスケットを見つめていた。
「ねえねえ、本当にあれでいいと思う?」
この部屋には自分達以外の人間はいないのに、愛奈の声が自然と小さくなる。
「そうだよ。だって他にプレゼントないもん!」
彼女とは反対に詩音は今にもバスケットに飛びかかりそうだった。愛奈は慌てて弟のパジャマを引っ張る。
「だってプレゼントは普通は靴下に入っているでしょ。なんかそれ怖いよ…」
「だったら愛奈はそこで見ていろよ。俺が開けてみるからさ」
 パジャマを握る手を振りほどいて詩音はバスケットに飛びつく。その瞬間にバスケットがカタカタと震えた。
「詩音くんっ!?」
しかし詩音は姉の言葉を無視してバスケットを勢いよく開けはなった。その中にいたのは…。
「「にゃあ…」」
白と茶のぶちの2匹は、どうやら新しいご主人様たちと同じ双子であるらしい。靴下には入っていないが、間違いなく愛奈と詩音が望んだプレゼントだった。
「猫だっ! 愛奈、サンタさんが猫をくれたんだよ」
「本当だ…」
さっきまでの怯えた表情はどこへやら。二人はそれぞれの仔猫を抱き上げて勢いよく階段を降りていった。
 
 
 
 
 コトコトと美味しそうな音と香りで満ちているダイニングに子供たちはやってきた。
「パパ、ママ、見て見てっ。サンタさんがねー」
慌てて報告しようとする詩音を母親は笑顔で制した。
「二人とも、最初におはようでしょ」
「「はあい、おはようパパママ」」
言われた挨拶も適当に、二人はリビングで新聞を見ていた父親にすり寄ってゆく。
「いいでしょ? サンタさんが愛奈と詩音くんにくれたのよ」
「サンタさんは俺達の一番欲しいの何だか知っていたんだ」
もちろんそれは父親自身が双子が起きる直前にバスケットに入れて子供部屋に置いたものだ。早朝からあちこち連れ回された仔猫たちこそ相当困惑しているだろう。しかし両親はその無邪気な様子に優しく微笑んだ。
「よかったな」
「さあ、ご飯にするわよ。猫たちにもミルクを温めてあげましょう」
「「はあーいっ」」
しかしいつもなら真剣に食べる子供たちも、今日は気持ちがどこかに飛んでしまっているようだ。何度もふわふわの頭を撫でながら、その日の朝食はなかなか進まなかった。
 
 
 
 
 
 キッチンで食器の後片付けをしている母親の音を聞きながら、子供たちはソファーの上で小会議を開いていた。両親との『きちんと面倒は自分達でみること』という約束はあっさりと承知されたので、次の議題は…新しい家族への名付けであった。
「あのねえーこの子が『ありあす』で、詩音くんが『むーあ』ね」
「いいよ。じゃあ俺が首輪に名前を書いてやるよ『むーあ』」
双子の父親は彼らのすぐ側で仕事用の資料を見ていたのだが、愛奈の提案に思わず前につんのめってしまった。
「…他にないのか…?」
「パパ、ありあすとむーあ嫌い?」
「嫌いというか…」
「だったら『りがん』にしようか?」
「愛奈、パパはきっと監督が好きなんだよ。『ほしの』と『せんいち』にしようぜ」
確かに子供たちの猫なのだから、好きに名前を付けてかまわないのだ。でもそれを葉月珪の体に流れる猫好きの血が許さない。何が悲しくて可愛い愛猫にあんなごつい野球選手と同じ名前を付けなくてはならないのだ。
「もっと他のにしろ」
「「ええーーーーっっ??」」
 子供たちのブーイングとほぼ同時に母親がエプロンを外しながらリビングへと戻ってきた。
「何かあったの?」
「ママァー」
「パパがいじめるよおー」
子供という者は自分達にとって一番有利な存在を知っている。パパのことは大好きだけど、どっちが自分達の味方になるかといえば…ママしかいないのだ。そしてパパがママに徹底的に弱いことも双子の頭の中にインプット済みだった。
「猫たちの名前? なんて付けたいの?」
「「ありあすとむーあ…」」
少し遠慮がちに言ったのが母親には愛おしく見えたらしい。
「可愛いわね。トラ猫ちゃんだったらもっと良かったかもね」
「おい、本気で言っているのか?」
「だってあなたも猫に私の名前を付けていたじゃない」
 そうよねえ…と言われて猫たちは不思議そうに首を傾げた。
「どうしてパパはママの名前にしたの?」
子供の問いに悠里はニコニコと笑ってこう言った。
「その猫ちゃんがトロくてマイペースだったんですって。そこがママに似ていたからよ」
しかしそれが珪の一切の動きを封じてしまう。いや…彼女の言っていることは嘘ではない(高校時代の頃の話ではあるが)。確かにトロくてマイペースなところは猫の悠里も人間の悠里もよく似ていたが、でも普通は彼女のことが好きじゃなかったら本人の名前なんて付けないだろう。
「パパ酷ーい」
これは愛奈の声。
「本当酷いなあ。『ママが可愛かったから』じゃないんだもん」
詩音はわざとそう言って、悠里の腕へとすり寄ってゆく。ママが可愛いかったからに決まっているだろうが! と叫ぶ元気さえ今の珪には出てこないらしい。でもさり気なく本心に触れているあたりは流石に息子だというところか。
「悠里…」
「なあに」
「お前、今までずーっとそう思っていたのか?」
「そうよ。だってそう言っていたでしょ?」
そうだけど…確かに何のフォローもしなかったのは事実だけれど…いや、もう何も言うまい。青春時代の恥ずかしい記憶と共に、愛する人の天然小悪魔ぶりも未だご健在なのであった。
 
 
 
 
 
 
 結局夕方になっても子供たちの名前付け会議は終わらなかった。何度も名前の提案が出され、父の無言の圧力によって却下されている。ついにある程度のネタが尽きてきた頃、詩音がこう言った。
「じゃあねー、俺のが『ぺたじーに』で愛奈のが『おるが』ねっ」
「…アリアスとムーアでいい…」
「「えっ? 本当?」」
「わかったから、好きにしろ」
「「わああーーーーいっっ」」
その言葉の奧にある空しさを子供たちが理解することはなく、その現実はいっそうに父親をがっかりさせてしまった。
(姫条、いつかブチ殺す!)
 
 
 
 
END
 
 
 
 
〈イメージソング   『Davy’s Devil』 杉真理〉
更新日時:
2003/09/27
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Last updated: 2010/5/12