REBORN!

22      散り行く花   (柿本千種&城島犬)
 
 
 
 
 
 アンティークジュエリーといえば聞こえはいいが、少女の手のひらの上で鈍い光を放つ『それ』は、デザインも重々しく中学生が安易に身につけてしまえば指さえもポキンと折れてしまいそうなほどの圧倒的な存在感に満ちあふれていた。名工による芸術品というものは裏を返せば現代の流行りからはかけ離れた存在であり、若い世代の興味をひく代物ではない。ましてやこれのために命をかけて闘う道理など…霧のボンゴレリングが完全な形で戻ってきた今でさえ、柿本千種はそう思っていた。
 しかし大切な相手からこれを預かったことは彼女には大きな意味があるのだろう…キュッと握りしめる時の顔は、犬に罵倒された直後にも関わらずとても幸せそうに見えた。
「私、行くね」
そう言葉をかけられて、千種はハッと我に返った。彼女のプライベートに興味はなくても、すでに日も落ちて夜も更けた時間帯は年頃の女の子の出かけるには危険すぎる事くらい彼にもわかる。元々は社長令嬢だったらしいが、彼女の場合はどうも一般的な常識を欠いてはいないだろうか(人のことをあまり言いたくはないが)。
「…並中?」
「うん。召集されているの」
 確かに今夜はリング争奪戦の最終戦が控えていが、しかしもうすでに沢田綱吉に対する義理は霧戦で果たしている。自分たちはもちろん、髑髏でさえ出向く必要はない筈だった。
「ったく、勝手なことばかり言いやがるびょん!」
思い通りにいかないことで犬の機嫌はますます悪くなって行く。
(なるほど、あの女たちか。髑髏と極秘に接触したな)
バトルの一切を取り仕切るチェルベッロと名乗る者たちの事だ。時にはヴァリアーに有利な発言をしつつも、そのジャッジは公平で正確だった。双方の敵でなければ味方でもない…数多くの修羅場を経験してきた千種と犬にとっても連中のやりたいことはよくわからずにいた。
「それじゃ…行って来ます」
 廃墟の中をパタパタと走って行く音が遠ざかる。八つ当たりの相手を失った犬は背を向けたまま家具やら柱やらに蹴りを入れ、千種はぼんやりと髑髏の姿を見送っていた。闇の中に消えて行く小柄な少女の姿…でも彼女の背後に暗い影が見えてしまうのは時間のせいだけではないような気がする。
「あいつ…死ぬかもしれないな」
思わず千種の口から漏れた言葉に、犬がダイレクトに反応する。
「あん? なんれすか、それ。なんか自分だけ全部わかってるみたいで気に入らないびょん。なんかあんの? 根拠とかなんとかがさ」
「根拠はないよ。ただそんな予感がするだけだ」
「つーまんねーのッ。柿ピーあの女の影響受けすぎておセンチになってるんらろ? まるで女になっちまったみてー」
 犬がバカにしたような口調を止めないのは、千種の言葉を微塵も信じていないからだ。それに反応するのも面倒だと思いながら、それでも胸に燻る嫌な気持ちを吐き出す相手は犬しかいない。
「闘いは今、沢田綱吉側に有利に動いている。リングの数も守護者の数も連中の方がヴァリアーよりも多いからだ。なのに相手側のあの余裕は一体なんだろう…もしかしたら試合の全てを覆せる何かを隠しているのかもしれない」
「知らねーっての、そんなの」
 犬は自分たちのリーダーがかつて愛用していた古いソファーにごろんと寝っ転がりながら吐き捨てるように言った。
「あーあっ。これが骸さんだったなら、なーんの心配もしなくていーのによッ!」
そう…もし今出ていったのが六道骸ならばこのような心配は一切しなかっただろう。優れた幻術師でもある彼は、あの時点でザンザスの野望を含む争奪戦の全てを理解していた。しかしならば何故今になって髑髏ではない別な『誰か』と話をする必要がある? まるでその相手に助けを求めるかのように…。
 嫌な予感が胸をよぎる。ソファの上にあった犬の体が無意識のまま飛び上がった。全身を頬を伝う汗さえ凍えるほどに冷たく感じられてしまう。危険だ…その意識は千種の説明で感じたものではなく、彼自身の動物的なカンによるものだろう。
「死ぬなんて可愛いものじゃないかもしれない。ボンゴレもろとも殺され…あれ?」
眼鏡を指先で上げながら頭も前に向けた千種は、目の前にいたはずの犬の姿がどこにもないことに気がついた。
「柿ピー、遅すぎるびょん!! 早くしねーと取り返しのつかないことになるびょん」
その声は窓辺の遙か彼方…車道のあたりから聞こえてくる。暗闇の向こうでも犬がピョンピョン飛び跳ねているのがわかった。
「…チーターチャンネルを使ったのか」
「そんなことはどーでもいーからッ! 急ぐびょん!」
「わかっているよ」
 千種もまた窓から飛び降りて全速力で犬の元へと駆けつける。二人は並んで誰もいない車道を並盛に向けて走り始めた。交通機関を使っているであろう髑髏の元に追いつけるとは思えないが、それでも自分たちには全てを見届ける義務があるように思え、それが更に足を急がせて行くのだった。それが『彼女』の為か、それとも『彼』の為なのはまだわからないけれども…。
 
 
 
「ったく、めんどい…」
「べっ、別に俺はあいつの事なんて心配してねーんらからなっ!!」
「別にそのことを言っているわけじゃないよ」
「だーっ!! もーっ!!」
 
 
 
 
END
 
 
 
 
この子らを書く時は思わず母心がスパークします。ほんと可愛い過ぎるよ3人共。
 
 
 
 
イメージソング   『SUNSET BLUE』   LINDBERG
更新日時:
2007/07/22
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Last updated: 2010/7/31