FOR ME

3      細雪     STORY BY じゅんた様
 
 
 
 
 
極光の惑星
 
ー細雪の町。
 
 
昏睡から目覚めたアンジェリークは、研究院の裏庭で星空を見上げていた。
 
「ゼフェル様達…ご無事で帰られるよね…」
 
呟く声は日頃の明るさとは対照的に、不安げに震えている。
 
倒れている間に起こった事をこの街の研究員から聞いてから、まだ数時間。
 
詳しい報告が届いていない事と、事件の内容が内容だけに、アンジェリークの心は皆の無事を祈る気持ちでいっぱいだった。
 
旅の間、ずっと自分の身を案じてくれた紅い瞳。
それを思い、アンジェリークは更に不安になる。
 
「ゼフェル様はご自分のことはいつも後回しで…大丈夫かしら…。」
 
確かにアンジェリークのことならば、自分を後回しにしていたゼフェルだった。
 
どんな時も暖かく私を見詰めていてくれた、優しげな瞳で…。
 
「早く…帰ってきて下さい…。」
 
 
 
その時ー
 
「誰?」
 
背後に立つ気配に、アンジェリークは振り返った。
 
月明かりに照らされて、そこに立っていたのは、今彼女が心に思っていた相手。
 
ーーー銀の髪と紅い瞳。
 
 
 
「ゼフェル様!」
 
驚きに目を見張るアンジェリークに、ゼフェルは手を上げた。
 
 
ふわりと微笑むゼフェルにアンジェリークが急いで駆け寄る。
 
「ゼフェル様、ご無事だったんですね。…よかった。」
 
手を振り、嬉しそうにそう言ったアンジェリークに、しかしゼフェルは答えない。
 
 
 
「…」
 
何も言わず、ただ自分を見つめるゼフェルに、アンジェリークは違和感を覚えた。
 
 
 
「…ゼフェル様?…あの…他の皆様は…」
 
戸惑うような目は、やがて違和感の正体に気付き、細く歪められる。
 
 
「あなた…違う…ゼフェル様じゃ…無い…。」
 
自分の知っているゼフェルには有り得ない暗い影が、同じ紅い瞳を全く別なものにしていた。
 
浮かぶものは何も無く、ただ自分を見詰めるゼフェルと同じ顔の誰か。
 
 
 
「っ…離して!」
 
彼は逃げようとするアンジェリークの白い手を易々と拘束し自分の方へと引き寄せた。
 
ゼフェルと同じ姿をした少年の名はーーーショナ。
レヴィアスの基、一度無くした体を魔導生物として召還された 感情を持たない死せる者。
 
「…どうして逃げるの?君はこの姿の男が好きなんだろ?
…それとも相手が彼でも…そうやって逃げようとする?」
 
自分の腕にしっかりとアンジェリークを抱きながら、感情の無い声で彼は呟く。
 
「違っ…や…離し…て」
 
拘束はぎりぎりと強くなってゆく。
 
軽く握られたように見える少女の細い腕が血の気を失い、白さを増す。
 
だが、アンジェリークは苦しさ以上に、何の感情も表さない彼が恐ろしかった。
 
 
 
「君はレヴィアス様の邪魔をする……そんなこと全部無駄な事なのに…」
 
彼の片手はアンジェリークの両手を一括りに背中へと回し、
もう片方の手でアンジェリークの顎を掴み、顔を上向けて自分と視線を合わせる。
 
「へえ…君は強い人だと思っていたけど…そんな風に泣いたりするんだ…。」
 
痛みと恐怖に潤み始めたアンジェリークの瞳に、関心も無さげな顔が映っていた。
誰よりも大切な面影が歪み、零れた雫に流れる。
 
 
 
「君…面白いかもね…なんとなく…良くは判らないけど…。」
 
少し…ほんの少しだけ彼の唇が上がる。
本人さえ気付くことのない僅かな綻びだった。
 
「……どうしてかな?…君が女王だから?」
 
どうでもいいことのように呟く彼の瞳が怯えているアンジェリークへと吸い寄せられる。
強張り、色を無くした唇。
 
「君って、守護聖の一人と恋人なんだよね…僕と同じ姿の……。」
 
アンジェリークの顔が蒼ざめる。
大切に心にしまうものを土足で踏まれるような感触を感じた。
 
 
 
「そんな事、あなたに何の関係があるっていうの?」
 
「へえ…いきなり元気になるんだ…そんなに好きなの?彼が…」
 
いいながら、無意識に彼の指はアンジェリークの唇をなぞるように動いた。
指先がゆっくりと動き、アンジェリークの背に怖気が走る。
 
「やっ!…あなたに言うことなんてないわ!」
 
アンジェリークは、その手から逃げるように顔を背けた。
 
「…同じ顔をしているのに…どうして逃げようとするの?
…それとも喋り方が違うからかな?…彼みたいに喋れば良いのかな?」
 
もう一度アンジェリークの顎に手を掛け、引き戻すショナ。
 
言いながら、ゆっくりと顔をアンジェリークへと伏せてゆく。
 
「違う…どんな話し方をしても…ゼフェル様とは……私が好きな…のは…」
 
 
 
ビシッ!!
 
 
 
弾かれたように、ショナがアンジェリークから手を離し、飛びすざった。
 
「そいつから離れろ!」
 
振り返るアンジェリークの目に、誰よりも愛しい守護聖の姿があった。
油断なくボウガンを構え、ゼフェルがアンジェリークを庇うように前に立つ。
 
「おめ…こいつに…何しやがった…。」
 
奈落の底から聞こえるかのような低い声がゼフェルの怒りを表していた。
 
ゼフェルの周囲で、舞い散る雪が吹き上げる鋼のサクリアに触れ、
ちりちりと音を立て、蒸気へと変わってゆく。
 
「…ナイト登場か…しょうが無いね…今回は引いておくよ。…まあ君たちの事なんて…別にどうでもいいしね…。」
 
自分に向けられた憎悪など気にもしない口調でそう言うと
ショナの姿は空気に融けるように薄れ始めた。
 
「待ちやがれ!!」
 
ゼフェルの放ったボウガンの矢がその影をすり抜け、後ろの木に虚しく刺さる。
なおも追いすがるように掴みかかるゼフェルの手は空を切った。
 
 
 
「…でも…少しだけ…面白いよ、君。出来れば又…会いたいね。」
 
姿が消える一瞬前、呟く声がアンジェリークの耳にはっきりと聞こえた。
 
 
 
「で?」
 
暫くの時間の後。
 
ショナが消えて呆然としていたゼフェルがアンジェリークの方に振り向き、声をかけた。
未だ怒りが収まらないのか、相変わらず声のトーンは低い。
 
「?でって…あの…」
 
何を聞かれたのかアンジェリークは首をかしげる。
 
「だから!あいつに何もされなかったか!?」
 
ゼフェルの声がきつくなった。
殆どけんか腰に近い。
 
「な、何って…何もないです!だって…あっ…」
 
慌てて答えるアンジェリークの腕がぐい、と引かれ、ゼフェルの腕の中に包み込まれた。
そのままきつく抱きしめられる。
 
 
 
「俺…何かヤな予感がして…自分だけ先に帰ってきたんだ。…でも良かった…あいつにおめーが抱かれてんの見た時…心臓止まるかと思った。」
 
離すまいとするようにアンジェリークを強く抱きしめる。ゼフェルの声は細く、掠れて震える。
 
絶対に失いたくない、離したくない…
言葉にすることさえ出来ないほど強い思い。
 
 
 
「俺…おめーに何かあったら…ほんと、無事で良かった…」
 
ゼフェルの手がアンジェリークの背中を何度も擦る。
確かめるように。
 
「ゼフェル様…私…此処にいますから…ゼフェル様の側に。」
 
答えるアンジェリークの声に、ゼフェルの瞳が柔らかに微笑む。
胸の中に有る、柔らかな温もりが彼の全てだった。
 
 
 
「ああ…おめーの事は俺が絶対に護るからな。」
 
「はい、ゼフェル様」
 
 
 
2人の影が重なり、雪だけがそれを見ていたー
 
 
 
 
FIN
 
 
 
 
 
このサイトをオープンさせた時にじゅんた様から頂いたお祝いの創作をようやく…ようやく…アップさせることが出来ました!(パソコンが壊れなければもっと早くに出来たのに…クッ)その節は本当にありがとうございました。全てが格好いいッスよー先生。
これはもう悪魔っ子ショナくん大活躍の一言につきますな。邪魔しまくりの彼に感情移入してしまい、つい「もっとやれやれ」と声援を送ってしまうわしはリーカーとしてもゼフェコレ派としてもなんか違う…? でも最後のラブラブシーンを見てジーンとしてしまいました。一途なアンジェちゃんが可愛いすぎです。
是非皆さんもドラマCD『禁域の鏡』を聞いて、その後にこのお話を読み返してみて下さい。頭の中が兄貴一色で楽しくなるぞ。(ご存じない方へ〜ゼフェルとショナの声優さんは同じ方です)
更新日時:
2003/02/14
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Last updated: 2010/5/12