FOR ME

13      真実   STORY BY 森島まりん様
 
 
 
 
 
 高い青空と眩しく暑い、夏の日射し。
 俺は額の辺りに手をかざしながら力強い空を見上げる。
 
 
 
 
 昨日。
 俺はようやく退院した。
 夏の全国大会はもう数日後には始まろうとしている。まだまだ完全に、とは言い難いが、最悪の場合は二度とテニスが出来ないとまで言われたことを考えれば遥かに良い状態だといえる。
 去年の冬に最初に倒れてから、俺は実質テニスから遠ざかっていた。気持ちだけは、みんなと繋がっているつもりだったが、部活に出ることも出来ない、名前だけの部長になってしまっていた。
 副部長の真田が俺の代わりに頑張ってくれていたし、レギュラーのみんなも、今年になって目覚しく成長してきた赤也も、『最強』の名を背負う立海大テニス部を支え続けてくれていた。
 常勝の名をそのままに、今年も無敗のまま迎えるであろうと思われた全国大会への道の最後に。
 まさかの、敗北。それも、手塚国光のいない青学に。
 何でも、決勝戦前に草試合で赤也を倒した1年生が、真田に勝ったのだという。
 『皇帝』と呼ばれる、あの真田に。おそらく、俺や真田や柳が入学した頃を彷彿とさせる力を持った奴なんだろうな。
 真田たちは「約束をふいにしてしまって悪かった」と言ってくれたけど、それはそれ。
 予想外の敗北は、俺たち立海大の最強という名への貪欲なまでのこだわりを、改めて追求させてくれる良いきっかけになったのだと思えばいい。
 追われるだけの立場だった俺たちが、追う者として全国に乗り込む、それもまた良し、だ。
 ただ、俺は。
 あまりにも長く戦列を離れていたから、短い期間で勘を取り戻せるか一抹の不安があることは確かで。
 頭の中では一度たりとも遅れを取ったつもりはない。けれど、肉体はそうはいかないだろう。
 焦っても仕方がない、それは解っているつもりだけれど。
 
 
 
 
 学校への道も随分久しぶりで、どことなく緊張する。
 病院には何度も見舞いに来てくれていた仲間たち。そして。
 俺の大切な、新菜。
 テニス部のマネージャーとして、いつもいつも一生懸命に働いてくれている、愛しい存在。
 俺が倒れた時、真っ青になって心配してくれて、入院すると、毎日、とまではいかなくてもほぼ毎日に近い割合で俺の見舞いに来てくれて、部の報告をしてくれた。
 手術の日にはずっと病院の廊下に詰めて、俺の無事を祈ってくれていた。
 新菜の存在が俺にとってどれ程大きな励ましとなったことか。
 変わらぬ笑顔が、ずっと俺を励まし続けてくれた。再びコートに戻るんだという、強い思いにさせてくれた。
 新菜とみんなの元へ。
 俺は、還る。
 
 
 
 
 校門を過ぎると、真っすぐにテニスコートを目指した。
 ボールを打つ独特の軽快な音が響いてくる。
 練習開始予定時間よりも1時間は早い筈だが、熱心な奴が頑張っているんだろう。
 真田か、柳あたりかもしれないな。
 コートの少し手前の小さな花壇には、向日葵が咲いている。
 朝から、煩いくらいの蝉の鳴く声も聞こえる。
 力強い夏の、生命の象徴たちが俺を迎えてくれる。
 一歩、一歩、確かめるようにゆっくりと、俺はコートに近づいていった。
「…精市?」
 不意にかけられた優しい声に、顔を向ける。
 白いTシャツと見慣れたジャージ姿の新菜が、ボールの入ったカゴを抱えて立っている。
「新菜」
「昨日退院したばかりなのに、もう来てくれたの?」
 軽い驚きに目を瞠る彼女に、俺は笑みを浮かべた。
「早く戻りたかったんだ。みんなの、そして新菜のところに」
「精市…」
 新菜がふわりと笑う。
 眩しい日差しの中に立つ新菜をこうして見つめるのも随分久しぶりで。
 俺はそっと彼女に歩み寄り、抱えられていたカゴを取りあげた。
「精市?」
 無造作にカゴを置く。上部のボールが振動で跳ね上がり、数個が転げ落ちた。
 そしてぎゅっと、新菜を抱きしめる。
「新菜…」
「精市…!」
 確かめるように新菜の身体を全部腕の中に閉じ込めた。
 細くて柔らかい身体の温もりは変わっていない。いや、幾分か柔らかさは増したかな。
 俺の大好きなほんのりと甘い香りもそのままで、この青空の下で再び新菜を抱きしめることが出来た歓喜に、俺の心は震える。
 背中に回された彼女の腕がまた愛しい。
「新菜…」
 ほんの少し、腕を緩めて彼女を見つめると、新菜も俺を見上げてやさしく微笑んでくれた。
「お帰りなさい、精市。待ってたよ、ずっと」
「…ただいま、新菜」
 俺も笑顔を返す。そして、額にそっと口づけた。
「精市ってば…! こんなところで…」
 少しだけむくれる新菜がまた可愛くて、俺はふふっと笑った。
「いいじゃないか。学校(ココ)で新菜に会うのは久しぶりなんだから」
「そうだけど…! みんな、見てるもん…」
 赤くなって視線を泳がせた新菜を抱きしめたまま、俺は顔を左に向けた。
 少し離れた柘植の木の後ろに、隠れているつもりらしい仲間たちがいる。
 新菜に「ただいま」を言ったくらいから、みんなの気配には気づいていた。
「…仁王、柳生、丸井、赤也、ジャッカル…それに、柳と真田も。丸見えだよ」
 そう声をかけると、殆どの奴がばつが悪そうに木の陰から出てきた。
「なーんだ、バレてたんスか」
「さすがは幸村じゃのう」
 赤也と仁王は悪びれずにそんなことを言う。
「日生が随分嬉しそうにしているから、声をかけそびれてしまってな」
 柳が涼しい表情で言うと、新菜は「もう! 柳ったら!」と怒ったように言い返した。
「…しかし、幸村、いくら何でも公衆の面前でああいう行動に出るのは感心せんなむ
 真田は目元を僅かに赤くしながら俺を諫める発言をして。
「真田〜、難いこと言うなって。もっと柔軟に考えろぃ」
 丸井がすかさず突っ込んで。柳生とジャッカルが苦笑している。
 
 
 
 
 何一つ、変わっていない。
 俺が倒れるまでのまま。そのままの雰囲気がここにはある。
 新菜を解放してみんなの方へと体ごと向き直った。
 自然と、みんなも俺の方に視線を集めてくれる。
 真田がふっと口元に笑みを刻んだ。
「…よく、戻ってきたな、幸村」
「お帰り、幸村」
「部長、お帰りなさい」
 仲間たちの笑顔に迎えられ、俺も笑顔になりながらゆっくりと頷いた。
「ただいま、みんな」
 
 
 
 
 大切な仲間たちと、大切な新菜。
 みんなと一緒に、今年も全国制覇を目指していこう。
 
 
 
 
 俺にとっての今年の夏は、今日から始まる。
 
 
 
 
 
END
 
 
 
 
こちらは、森島まりん様が運営されています乙女ゲー・テニス・オリジナルメインサイト『森の遊歩道』様の開設三周年記念のリクエスト企画にて、幸村くんのラブストーリーをお願いしたものです。以前からまりんさんの書かれる物語に惹かれて日参していた私でしたが、その節は初めましての挨拶と一緒に図々しいお願いをしてしまい、本当にすみませんでした。
私からお願いしたのは全国を目前にして退院し、久しぶりの練習日を迎えた幸村部長のちょっと複雑な心境と、仲間や恋人に対する想い…学校のコートにやってくると変わらぬ仲間たちの姿があって…というイメージでした。ヒロインは当サイトの新菜と同じく『温和で優しい性格の女の子』ということで。時期的に丁度選手としての彼が復活したこともあり、タイミング的にも嬉しい作品を頂いてしまいました。まるで実際の出来事のように思えるほど繊細で優しい話を本当にありがとうございました。まるで夏の暑さも一緒に伝わってくるかのよう…それにしてもまりんさんの書かれる精市くんは優しくて甘い話の似合う素敵な人だなあ。うちの微妙ーっに黒い精ちゃんとは天地の差ですね。
ここがある限りずっと大切に飾らせて下さい。これからの活躍も楽しみにしていますね。
更新日時:
2005/06/26
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Last updated: 2010/5/12