FOR YOU

1      永遠のはじまり
 
 
 
 
 
 
 通学路の途中にある公園の木々も随分と寂しい色に変わった。枯れ葉は絨毯となって道を飾り、しかし辺りを包む空気はどんどん冷たくなってゆく。木で出来たベンチに腰掛けながら、制服姿の元宮あかねは深い溜息をついた。
「なに溜息ついてんだよ、あかね…」
「キャアアアアッッッ」
 突然背後から声をかけられたあかねもびっくりしただろうが、声をかけた方もまさかこんな反応が返ってくるとは思っていなかったらしく、お互いにサッと身を引いてしまった。そこにいたのはあかねの母校である中学の制服を着た少年だった。
「イッイノリ君ッ、急に話しかけてくるからびっくりするじゃない!」
「びっくりしたのはこっちだっての! ったくボーッと空見て考え込んでいる奴が悪いんだぜ」
「失礼しちゃうなあ。私だって物思いに耽ることくらいあるんだからね」
「ヘエヘエ、それは悪かったな。せっかくこれ買ってきたんだけど無駄になっちまったか」
イノリが見せたのはコンビニから買ってきたばかりで美味しそうな湯気をたてている…。
「あんまんだろ、肉まん、ピザまん、エビチリまん、カルビまん、桃まん、チョコまんだろ、それから…」
「うっ…」
 イノリが袋から覗き込むようにして数えているものはあかねの数多い弱点の一つであった。しかも世間は食欲の秋。黙っていても空腹が響く季節なわけで。2人はベンチに並んで座った。
「この桃の形とあんこの香ばしさが何とも言えないのよね」
「だろ?」
イノリはカルビまんをたいらげると次は肉まんに手を伸ばした。裏についている紙を剥がしながら何気なくこう言った。
「さっきなに考えてたんだ?」
「ふぁんのほほ?(なんのこと?)」
「自分で分かってないのかよ。えらく深刻なツラしていたんだぜ」
 あかねが桃まんを口に押し込んで指をなめ終えた後、身をかがめて彼の顔を下から覗き込んだ。
「分かってましたか…」
「まーな」
まるで幼い女の子のように足をプラプラと揺らしながら恥ずかしそうに俯く。
「京でのことをね、思い出していたの」
あれからもう半年になるのだ。戻ってきてしまえば現代の世界が自分のいる場所だと思うけれど、やはり龍神の神子と呼ばれた自分の心の半分は京へと置いてきたのだという気持ちになる。
「藤姫ちゃんや八葉のみんなも元気に変わらずやっているのかなって。頼久さんなんて天真くんがいないから内心寂しいんじゃないかな…とか、友雅さんは変わらず女性に囲まれていて、鷹通さんが呆れていたりするのかな…とか、永泉さんは変わらず修行の日々で、康明さんは…」
「『問題ない』だろ?」
 2人はここで初めて目を合わせて微笑み合った。
「そしてね、最後に必ずアクラムとシリンのことを思い出すの。もしかしたら龍神を呼ぶときに私の背中を押してくれたのはシリンだったんじゃないのかなって」
(アクラム様が死ぬくらいなら私が死んだ方がいい…)
確かに彼女は美しい女だった。その美貌で男達を虜にしてきたのだろうと素直に思えるし、それが本人の誇りでもあったのだろう。でも最後に愛する男を必死に守ろうとする姿こそが一番美しかったのだ。
「例えどうなったとしても好きな人を守りたいって気持ちを教えてくれたのは多分彼女だったんじゃないのかなって」
なんとなく言いにくそうにしていた理由がイノリにも分かった。自分は徹底的に鬼のことを憎んでいたからだ。
「京で生きてきたわけじゃない私が言ってはいけないことかもしれないけれど、あの2人にも幸せになって欲しいと思うよ。一族に縛られることなく自由に生きていって欲しいって思う」
 全くこいつときたら、鬼の連中にどれだけ傷つけられたか忘れてはいないくせに…今度はイノリがため息をついた。
「俺はまっぴらだけどな」
「イノリくん…?」
「お前が龍神と一緒に消えていなくなっちまうのを黙って見ていなきゃなんねーなんてよ」
その時見せたのはあかねが一番大好きな照れくさそうに笑った顔だった。やがて2人の顔がゆっくりと近づいて互いに瞳を閉じたとき…。
「まー、こんな真っ昼間から幸せそうですことっ」
再び背後から聞こえてきた声の主は…。
「てっててて天真くんっ」
「なに邪魔しやがんだよ、テメーはっ」
「こんな公共の場でキスしようとしているお前らが悪いに決まってんだろうが」
これから自分たちがしようとしたことを露骨に指摘されるともうなにも言えなくなってしまう。
「悔しかったらお前も彼女作ればいいじゃん」
「なっ、そんなことばかり言っているからお前は背が伸びねーんだよッ」
「なんだとーッ」
 お互いの襟をつかみだしたところで、あかねは我関せずというように2人に背を向けた。ここまできたら彼女の手に負えるものではないからだ。
「もうっしらない」
その時公園に見慣れた2人組が入ってくるのが見えた。
「蘭! 詩紋くんも」
「あかねちゃーん、ウーロン茶買ってきたよ」
「ちょっとお兄ちゃん何しているのよ」
男同士の喧嘩に妹が加わると、流石の天真もしどろもどろになってしまうらしい。
「ら、蘭…これはだなあ」
「また制服を汚してお母さんに言われても、私だってフォローの限界があるんだからね」
 あかねは蘭と詩紋の背後に回ると、2人を同時にギュッと抱きしめた。
「私、天真くんがイライラしている理由が分かっちゃった」
「なんのこと…?」
詩紋が不思議そうに首を傾げる。
「とぼけなくてもいいよ。ラーン、お互い年下くんには苦労しそうねー」
「なっ、あかねちゃんのバカッ」
その会話にイノリが入ってきた。
「へえ、お前らそういう関係なんだ」
「だからなんのことなの?」
「だから知らないフリしなくてもいいって。なあ、あかね」
「お似合いだよ2人とも」
「お前ら…俺を置いていくなあっ」
 この賑やかな集団が公園から出てゆこうとした時、あかねは一人何かを感じて立ち止まった。
「あかね」
数歩先で恋人が自分の名前を呼んだ。彼は全てを知っているかのように、その上で何も気づいていないかのように手を差し伸べる。
「行こうぜ」
「うん」
 
 
 
 
END
 
 
 
 
いつもお世話になっています『鋼羽天使』のじゅんた様にお礼のつもりでリクエストを伺ったところ、「天の青龍か朱雀と神子の話」との嬉しいお言葉を頂きました。今回は私の趣味でイノリくんとあかねちゃんのお話となりましたが、なんせ初遙かだったので随分と緊張しました。気に入っていただけたらいいのですが。
この話を考えた時点では遙か2に出てくるアクラムとシリンが1と同一人物とは知らなかったもんで、なんかまぬけな内容になってしまって申し訳ないです。でもあかねちゃんは結構書きやすい人なのかも…現代っ子っていいなあ。
更新日時:
2002/10/09
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Last updated: 2010/5/20