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86      だらだら   (和馬×主人公 GS)
 
 
 
 
 
 正月気分もそろそろ抜けてきた冬休み終了直前のとある日、鈴鹿和馬は珍しく昼間からベッドの上に寝そべってだらだらと時間を過ごしていた。16才の青春の全てをバスケットボールに捧げている彼でも正月は流石に休むのだ。でもランニングとストレッチをメインの自主練習を終えると何もすることがなくなってしまった。そこで珍しく午後は読書をして過ごすことに決めた。愛用のコンポに何枚もお気に入りのCDを突っ込んで、リズムに合わせて足だけを動かす。手元からはカサカサ…と軽い音が響いてきた。読書…といっても活字を見ると目眩が起こるという持病?を持つ和馬にとって、はばたきウォッチャーを見ようと思うことも一大決心なのだった。
「うーーーーんーーー」
 新年特集号と名付けられた今回のはばチャは、メインの特集として『冬でも楽しめる臨海地区の歩き方』というのが掲載されている。豊かな自然を残しながら、それでも誰もが楽しめるような空間を…というのが開発のコンセプトらしい。和馬も何度か通ったことがある。すでに来年のオープンに向けて大観覧車の工事が開始されたのだそうだ。そして現在の注目スポットは…。
「水族館か…」
まだオープン前なのだがすでにマスコミ陣には公開されているのだろう。ただ魚を見て歩くだけではなく、全体が海のテーマパークのような感じになっているらしい。はっきり言って興味があるかといえばそうでもない。自分には体を動かせる場所こそが合うのだと思っているからだ。しかし口調は困惑しているように聞こえても本人の鼻の下はベロベロに伸びている。
「あいつ、こういうの好きそうだからな」
 視線が雑誌から机の上にある携帯電話へと移ってゆく。すると耳からあのはつらつとした明るい声が聞こえてくるような気がして真っ赤になった。
(鈴鹿くん? あのね、臨海公園に水族館が出来たんだって。一緒に行かない?)
そう言われて断れる者がいるだろうか。彼女の細身の体型にはシンプルな白いセーターと短めのスカート、長めのマフラーとコートがよく似合う。そんな幻さえ見えてくるような気がして…気がして…そこで和馬はハッと我に返った。
「なっっ、なんだよ! これって…これってまるでデートみたいじゃねーかよっっ!!」
そう叫ぶと、慌てて起きあがって本を壁まで投げつけてしまった。心臓が飛び出しそうになるほどバクバクいっている。これまでも何度も待ち合わせをして出かけているのだから何を今更…なのだが、じゃあ男友達と同一に扱えるのかというとそうでもないのだ。
「別にあいつとは話が合うつーか、一緒にいて楽しいつーか…」
自分で言っていて落ち込んでしまった。はたしてこの気持ちを恋と呼ぶのか。それを自分で判断するには彼はあまりにも幼くて、不器用で、恥ずかしがり屋だった。入学祝いに貰ったっきり開いたこともなかった辞書を引いてみても、正しいデートの定義なんて載っているはずがない。それでも物事に白黒つけなくては気がすまないこの男は、再び机の上の電話を見つめた。
(あいつなら何か知っているかもしれない!)
 
 
 
 
 数回のコールの後、あの男の聞き慣れた声が聞こえてきた。
「はいはいー? 姫条やけど」
「あっ、俺、鈴鹿だけど…今バイト中か?」
「丁度空き時間に入るとこや。なーんやカズ、えらい申し訳なさそうな声出してどないしたん」
「別にそんなことねーけど。その…ちょっと相談してーことがあってよ」
和馬の声が真剣味を帯びるほど、姫条まどかはおかしくてたまらなくなった。勉強のことで今更悩むタイプではないし、運動神経で悩んでいるならそれは嫌みというものだ。
「お前ってさ、その…女と一緒に二人きりで出かけたりする事あるだろ?」
(女関係かー。こりゃ意表つかれたわ)
「おっ、なんや悠里ちゃんとデートの約束でもしたんか?」
 突然の固有名詞の登場に和馬は全身で反応してしまった。片足をゴミ箱に突っ込んでしまい、思いっきりその場にこけてしまう。ドンガラガッシャーン…しかし次の声は物音以上に大きなものだった。
「おっ俺は何も言ってねーだろうがよっ!!」
「照れんでもええって。まったく羨ましい奴ちゃ。なんならラブホの優待券横流ししてやってもええで」
「ばっ…」
「それから出かける前にドラックストアーには必ず行くんやで。避妊具女に用意させるのは失礼っちゅーことや。ラブホの中にもあるけどな、それは使わん方がええ。掃除係が勝手に穴開けてる場合もあるからな」
ブチッ、ツーツーツー…和馬のブチ切れ具合をそのまま表現したかように電話は切れた。
「少し言い過ぎた…か?」
鈴鹿和馬がこれまで全く女っ気なしで生きてきたことはわかりすぎるほどわかっていたから、つい本能でいじめたくなってしまったのだ。
「悪いことしてもうたな。次に相談された時はちゃんと聞いたろ」
しかし今後二度とまどかにその機会は訪れなかった。和馬はこの男に恋愛に限らずあらゆる相談事を持ちかけることはなかったからである。
 
 
 
 
 いくら女性関連のあらゆることに精通していたとしても、やっぱり相談する相手を間違えてしまったのだ。
(全てをあいつ自身の価値観で決められちゃたまんないぜ。ちくしょー…休み明けに噂になってなきゃいいけどよ)
それでもいつまでもこんなわだかまりを抱えるのは性に合わない。和馬は深いため息を吐いて心に勇気を貯める。次に彼が相談を持ちかけた相手とは…。
「はい、守村ですけど」
「あっ、俺鈴鹿。今、勉強中か?」
「いいえ、別にかまいませんよ。何かありましたか?」
 本当は彼の目の前には参考書とノートが並んでいたのだが、しかし可愛い顔をしてなかなか男気があって仲間意識が強い人間なのだ。心の天秤はあっさりと友人である和馬側に傾いた。
「別に大したことじゃねーんだ」
「はい」
その元気のない声に嫌な予感を感じるのか、守村桜弥はゴクリと息を飲んだ。
「俺たちがな、女と二人きりで出かけたりする事があったとするだろ? そういうのって何て言うんだろうな」
「デートのことですか?」
あっさりと言われてしまい、再び和馬の足はゴミ箱を蹴飛ばしていた。ガラガラガッシャーン…思わず桜弥も目を伏せる。
「だっ、大丈夫ですか? 鈴鹿くん…」
「おうっ…」
 しかしその様子はなんかいつもの和馬とは違った感じがする。寂しそうにも見えるし、反対にひどく安心したような落ち着いた印象もある。
「そっか、やっぱりデートってのはそういう感じなのか」
「でもそれはあくまでも好きになった同士という前提があってのことですよね?」
「へっ?」
「デートするのはあくまでも恋人達であって…要するにただ出かけるのとは違うと思うんですけど」
ロマンと現実をほどほどに支持する桜弥は典型的なO型人間だった。意外な言葉に和馬は顔面がパアァァァーっと開かれていくような錯覚を覚える。
「そっそれで普通のデートってどんなことするんだ?」
「そうですねえ…例えば予定が終わっていたとしても、もう少し一緒にいたいと誘うものでしょうね。遅くなった時は自宅まで送って差し上げるのも当然だと思うし」
「なるほどな! サンキュ守村。おかげでわかったような気がするぜ」
「いえいえ。それじゃまた新学期に」
「おうっ」
 桜弥はその人柄のまま丁寧に電話を切っていつもの場所に収めた。ふーっと一息ついたものの、それでも表情は晴れ晴れとしている。しかし…。
「…あれ? 鈴鹿くんは何を相談しに来たんだっけ…」
 
 
 
 
 
 それから…今後も鈴鹿和馬は水崎悠里といろいろな場所に出かけることになるのだが、帰りの時間がほんの少しだけ長くなり、その後も彼女の自宅まで送ってゆく姿が見られるようになった。もちろん彼特有のぎこちなさは残っていたけれども、それでも悠里がいつも幸せそうに笑っていたので、二人の関係がどうなのかという結論は…卒業式まで棚に上げておくことになったらしい。
 
 
 
 
END
 
 
 
 
〈イメージソング   『Without You』 DA−PUMP〉  
 
更新日時:
2003/09/27
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Last updated: 2010/5/12