100TITLE

76      シュークリーム   (ウルツ×クリム リプルのたまご)
 
 
 
 
 
 禁断の書によって眠りの呪いを受けたレグランド王子を目覚めさせる為に、国中の者たちが最良の方法を目指して動き続けている。それらの作業の中心となっているのは選ばれた二人のリプル…のたまごであった。一人は明るく幼い印象のルチル、もう一人は大人しくて優しい雰囲気のクリム。若干頼りないのは二人に共通する部分だが、それでも国の運命を左右する重大な使命へのブレッシャーから守るように、各国の王子たちと師匠であるクラウディとデーナも温かな視線で見守っている。しかし王子が王へと即位する日に向けて今日も特に大きな変化を迎えることなく過ぎていった。
 
 
 
 
 そんなとある日の夜、デーナとルチルが暮らす家に来客が訪れた。
「夜分遅くにすみません…」
恥ずかしそうに俯きながらそう言ったのはもう一人のリプルのたまごだった。
「クリム?」
「あっれー? 珍しいね。こんな時間に来るなんて」
「うん…実はデーナ師匠にお願いがあって来たんです」
自分の師匠が突然アヒルになってしまったのだ。任務とは違った不安を感じずにはいられないだろう。小柄な彼女の体が更に小さいようにデーナには見えた。
「何なの? 出来ることなら協力するわ。言ってごらんなさい」
その言葉を聞いたクリムの顔が明るく輝き、同時にパッと赤く染まった。
「その…お菓子作りを教えてもらえませんか?」
「「はあ?」」
 クリムという名前の少女が小さく語りだしたのはこういう内容だった。今回の事件に関する協力者としてアヴェンチュリンの隣国にあたる国々の王子たちも滞在しているのだが、その中に特に親しくしてくれている王子がいるらしいのだ。未熟な自分に対しての親切が彼女には非常に嬉しく頼もしく感じ、せめてものお礼の意味で思いついたのだった。
「でもこの大変な時期にねえ…」
勝ち気だが責任感の強いデーナは決していい顔はしなかった。他にやることは沢山あるだろうと言いたげにしている。
「そうですか…」
クリムもそう言われることは覚悟していたのだろう。すみません…と頭を下げて帰ろうとした時、意外な人物が助け船を出した。
「教えてあげたらいいじゃん、デーナ師匠」
「ルチル?」
デーナの愛弟子であり、クリムとはライバル関係にあるルチルであった。
「王子様たちも師匠の作るお菓子のファンだもんね。これをきっかけにして他の国にもデーナ師匠の名前が広まっちゃうんじゃない? リプルとしての実力だけでなく、たまごたちを思いやる心の面でも立派な人間であり、淑女だって」
「それは…そうかもしれないわね」
 デーナの厳しい表情が一瞬でほころんでゆく。流石愛弟子…ルチルは彼女の親切でちょっぴり単純な性格を見抜いているのだ。
「ここでアヒルさんになっちゃったクラウディ師匠と差をつけるチャンスだと思うけどな」
そう言いながら、ルチルは気付かれないようにクリムにウインクをして見せた。
「仕方ないわね。明日の夕方にまたいらっしゃい」
「有り難うございます! 私頑張ります!」
デーナの顔に笑顔が戻り、クリムは安心して帰宅した。そして今回の件に関してちょっとした英雄になったルチルもクリムの耳に
「味見くらいなら手伝ってあげてもいいよッ」
と囁くのを忘れてはいなかった。
 
 
 
 
 次の日の夜、とある王子の部屋におっとりした口調の可愛い妖精がやって来た。
「お邪魔しますう〜王子様はいらっしゃいますかあ?」
「…目の前にいるのは誰だと思ってんだよ」
「そう言えば、そうですわね〜。私としたことがぁ、うっかりさんしてしまいました〜」
「だぁぁぁぁーっっっ!! いい加減にしとけよっ」
彼の激しい気性をそのままあらわしている赤い髪をがしゃがしゃとかきむしる。この妖精とは感覚のリズムがまったく違うらしく、嫌ってはいないもののどうも調子が狂うのだ。相手がそのことにまったく気付いていないのも問題だったが。
「それで! なんの用だ」
「そうそう、忘れてましたあ」
 青い髪の妖精・ノエルは彼の手元に白い箱を置いた。
「ウルツ王子様にクリムちゃんから贈り物です〜。出来立てをこちらまでお届けするように言われましたあ」
「あいつが!?」
それまでイライラしていたウルツの心臓音が一気に跳ね上がる。脳裏にあの少女の優しい笑顔が蘇ってきた。
「なっななななな何だよ、これはよっ」
「シュークリームですのよお。クリムちゃんは王子様に食べて欲しくて、デーナ師匠のところに習いに行ったんです〜。味は師匠の保証付きですからご心配なく〜。私もご馳走になったんですけどぉ〜とても美味しくてほっぺがプルプル踊ってしまいましたのよ〜。でもほとんどはルチルちゃんが食べちゃいましたけどぉ」
ちょっぴり残念そうに言うノエルの声はウルツの耳には届いていない。震える手で箱を開けると、そこにはいちごと生クリームが挟まったシュークリームが礼儀正しく並んでいた。
(マジで…これを俺に?)
 高鳴る鼓動はおさまることを知らず、それどころかますます激しくなってゆく。それを知らないまま去っていった妖精の気配にも気付かないままだ。ウルツは箱を丁寧にベッドの横にある台に置くと、そのまま布団を頭から被った。あのシュークリームの色はいちごの赤も淡いクリームの色もあの少女を連想させる。もちろん無意識に作ったものなのだろうけれど。
「やばい…俺、あいつをフレイムに連れて行きたいって思ってやがる」
恋の病…しかも相当な重症の親友を、小さな獣がじっと不思議そうに見つめていた。そしてそっと箱の近くへと近づいてゆく。
「にゃにゃ…喰うなよ」
「きゅっ!?」
 
 
 
 
END
 
 
 
 
イメージソング   『YOU』 大江千里
更新日時:
2003/08/06
前のページ 目次 次のページ

戻る


Last updated: 2010/5/12