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21      万華鏡   (山南敬助×桜庭鈴花 幕末恋華新撰組)
 
 
 
 
 恋とは 空に大きく広がる花火ではなく
 心の奥に眠る小さな宝石たちが 微かに瞬くこと
 
 
 
 
 それは屯所の真上にある大空が青く広がる午後の出来事だった。隊士たちの鍛錬の声があたりから聞こえ、時に太い笑い声さえも混じる…そんな平和な時間が流れる頃、新撰組局長である近藤勇の私室に本人と副長である土方歳三が並んで座り、その向かいに唯一の女性隊士である桜庭鈴花が正座をしていた。双方の間には鈴花が戦闘時に身につけていた服が丁寧にたたまれて置かれている。忙しい中2人をこうして呼び出すことを申し訳ないと思うせいか、鈴花の口元はきゅっと強く結ばれている。
「…除隊の決意は変わらないのか」
先に口を開いたのは土方の方だった。彼女が2人に謁見を申し出た理由がそれだったからだ。
「はい」
「除隊後のことはどうしようと考えている?」
「こちらの建物の一室を引き続き貸して頂けることになりました。そこで塾を再開させ、子供たちに教えてゆこうと考えています」
 熟というのは死んだ山南が以前よりここで開いていたものだった。しかし正式にそう進言したのは鈴花であり、彼の右腕として子供たちの面倒をよく見ていたのは2人ともよく知っている。小六という名の塾に通う少年が殺されたという不幸な出来事があっても、子供や親たちからは再開の希望がひっきりなしに届けられていた。それらも全ては山南と鈴花の人柄を汲んでのことなのだろう。愛する人の死を目前で見届けながらも必死の想いで立ち直ろうとし、更にはその人の志まで受け継ごうとする娘だ。続けざまに知らされた仲間の死に大きく傷ついた子供たちを受け入れる人間は、最早彼女以外に考えられなかった。
「そこまで考えているのならば我々に止める権限はない。そうだろう? 近藤さん…」
「うーーーーんっっ」
近藤は眉間にしわを寄せて大げさにうなってみせた。その芝居がかった様子が反対の意思を表しているようで、鈴花の背もスッと伸びる。
「おい、近藤さん…」
「わかっているさトシ。それに除隊は自由でかまわないと言ったのは確かに俺だしね。だけど…」
 おそらく鈴花自身は気がついていないのだろうが、彼女は今ではもう組になくてはならないほどの存在になっていた。初めの頃は唯一の女性としていつ逃げ出すかどうかもわからないと誰もが思っていたが、数々の修羅場を共に乗り越えた今では隊の優秀な剣士として名を連ねている。そしてそれは彼女という存在についても同様だった。隊士たちにとって鈴花は大切な母であり、姉妹であり、妻であり、娘でもあり…そして時代の波の中で必死に剣を震う自分自身の具現した姿でもあったのだ。
「ただここで可愛がっていた子を失うというのはね…結構大きな痛手になるとは思わないか?」
近藤の言葉は若干ちゃかしていながらも、心からの本心だった。そして彼女に対する大らかで温かな愛情も込められていた。
 鈴花は息を飲みながら、それでも己の決意を心の中で整理する。確かに入隊当初から自分の除隊は自由であると説明は受けた。しかしだからといって、ここで簡単に辞めますとは言えないだろう。長年抱いてきた剣士としての道を捨ててまで貫きたいと願った夢…それを口にしなくてはいつまでもここを去ることは出来ない。
「今はとても厳しい時代です。武士が己の自尊心を固持するために、幼い子供でさえ切ることの出来る…そんな時代です。これから剣が時代にどんな役割を果たすかは私にも想像がつきません。でも子供たちが剣を取るか取らぬかを己の意思で決められるような時代が来るよう、師と仲間を失った彼らと共に見つめて行きたいと思っています」
鈴花の見せる固い決意を秘めた表情は険しかったが、それでもどこか晴れ晴れとした印象を受けた。流石会津の女…そして彼女はやはり隊士として組と生命を共にした立派な剣士であった。
「そこまでの固い決意は山南さんでも止められまい。近藤さん、ここは笑って見送ってやらないか」
「まあ、そうだな」
 近藤は納得したように息をつくと、目の前にたたまれていた戦闘用の衣装を自分の方に引き寄せた。
「この服はこちらで預かっておくよ。ここにいた記念にやりたい気持ちはあるんだけれどね、俺達の運命もどう転ぶかわからないからさ…この先そのことで迷惑をかけるわけにはいかない。わかってくれるな?」
「はい」
「ただここで学んだ『誠』の心はいつまでも忘れずにいてほしい。おそらくは山南さんもそのことを望んでいるはずだからな。そして子供たちのことも…頼んだよ」
「はい!」
鈴花は畳に手をつくと、彼らの前に深く頭を下げた。
「短い間でしたが、大変お世話になりました。本当にありがとうございました」
 
 
 
 
 
 そして今回の鈴花の除隊を知った他の隊士たちの反応も様々だったようだ。時には妙な噂話が横行し、それらを打ち消す為に近藤たちが扮装する場面もあったのだと聞く。しかし彼女をよく知る人々は山南の残した塾を引き継ぎたいという気持ちを理解していた。そしてそれは最早止められるものでもないことも痛いほどわかっていた。
「体にはくれぐれも気を付けて。元気におやりなさい」
「はい」
井上源三郎は娘のように可愛がっていた鈴花の頭を撫でてくれる。その横では同期に入隊した島田魁が必死に涙をこらえている。藤堂平助は一見平静を装っていたようだが、寂しさに泣きはらした目蓋はどうしようもなかったらしい。
 反対に涙さえも隠さなかったのは山崎だった。鈴花は大切な妹分であり、これからも色々なことを教えてやりたいと心に決めていたのだから…彼女を抱きしめて化粧が流れてしまうほど泣き崩れたのは剣士たちの後々の語りぐさになったほどだったという。
「あなたと剣を交えたことは一生涯の思い出になるでしょう」
天才剣士はそう言って彼女に握手を求めた。もっとも彼のその後の短い人生を考えると、悲しいけれどもそれは現実となってしまうのだが。
「またいつか必ず会おう。その時は是非声をかけてくれ」
「はい…斎藤さんもお元気で」
ぎこちなく微笑む斎藤を見て、鈴花もまた握る手を強くした。
 一通りの別れが済む前に、やはりあの2人が登場する。縁側に座りながら3人で何度も話し込み、鈴花の入れるお茶をおそらくは一番多く飲んでいた男たちだ。
「なんかよぉ、本当に寂しくなっちまうな」
原田は恥ずかしそうに、それでも精一杯胸を張りながら言う。
「まあコイツなら何事も上手くやると思うけどな」
永倉は相変わらず腕を胸元で組んでイヒヒ…と笑った。
「元気でやんな」
「俺達もお前と過ごした時間は絶対に忘れねぇから」
「はい。お二人とも気を付けて…私の分もよろしくお願いします」
そして改めてここを永遠に去ってゆく仲間たちを見回した。
「皆さん、どうぞお元気で!」
鈴花は何度も大きく叫びながら、彼らの姿が見えなくなるまで手を振っていた。
 
 
 
 
 
 『人生とは出会いと別れの繰り返し』…今回のことをそう結論づけて、局長・近藤勇は照れくさそうに笑った。
「確かに寂しくなるだろうよ。俺だってあの子のことは実の娘のように思っていた口だからな。優秀な剣士を失ったことも大いなる痛手となるだろう。でも彼女がこれから進む道は決して困難なものにはなるまいとも思っている。山南さんが影で見守っているだろうしね…そうだろう? トシ」
突然話題を振られた土方も、同じように微笑みを浮かべながら頷いた。
「…だろうな」
「でも…」
2人の会話に天才剣士がふと口をはさむ。
「なんか芹沢さんも見守っているような気がするんですよねぇ、山南さんと一緒に」
「総司…お前、見えてんのーーーっっ???」
 
 
 
 
 
END
 
 
 
 
イメージソング   『悲しい気持ち(JUST A MAN IN LOVE)』   桑田佳祐
更新日時:
2005/09/22
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Last updated: 2010/5/12